イントロダクション
伝統工芸品とは
福岡県「博多織」
佐賀県「伊万里」「有田焼」
長崎県「長崎べっ甲」
大分県「別府竹細工」
宮崎県「都城大弓」
鹿児島県「薩摩焼」
まとめ

日本に存在する伝統工芸品の数は国指定のものだと230品、そうでないものを含むと1,000品以上にのぼります。漆器や陶器、織物などさまざまな伝統工芸品があり、訪日外国人が増える今、再び注目を集めています。

日本のものづくりと美の象徴ともいえる伝統工芸品の中から、今回は九州地方で生まれた「博多織」「伊万里(いまり)/ 有田焼」「長崎べっ甲」「別府竹細工」「都城大弓」「薩摩焼」について、それぞれの特徴や魅力を探っていきます。

日本の伝統工芸品一覧はこちら
日本の伝統工芸品一覧&8つの地方別で徹底解説!【完全保存版】

日本の伝統工芸品一覧&8つの地方別で徹底解説!【完全保存版】 日本で古くから受け継がれてきた技術を用いた「伝統工芸品」。日用品や着物など様々な種類が作られ、日本全国に存在しています。今回はそんな日本の伝統工芸品を地方や都道府県ごとに一覧でまとめてご紹介。それぞれの伝統工芸品の歴史や魅力を徹底解説します。

伝統工芸品とは

日本でいう「伝統工芸品」とは、長い間その地で愛され、伝統文化が継承されてきた技術や品を幅広く総称します。

そんな数ある伝統工芸品の中でも、「日常的に使われるものである」「製作過程のメインとなる部分が手作り」といった条件をクリアすると、経済産業省から国指定の伝統工芸品の認定を受けることができるのです。国指定のものは、2018年11月時点で232点になります。

九州地方の伝統工芸


長崎の美しい九十九島

九州地方には現在21の伝統的工芸品があります。その種類は焼き物や織物、金細工などさまざま。九州地方の工芸品たちは、豊かな自然に囲まれ原材料や素材が豊富に残っていること、本州から離れていることから独自の発展を遂げてきました。鎖国時代唯一貿易を許されていた長崎県などでは、歴史的背景の影響を受けた文化や技術も多く残っています。

福岡県の伝統工芸品 「博多織」

「博多織」はその名の通り、福岡県の博多地区が原産の伝統的工芸品です。

カラフルな博多織

博多織の歴史

その歴史は鎌倉時代にまで遡ります。博多の商人であった満田弥三右衛門は、当時の中国の王朝「宗」へ新たな文化や技術を学びに旅立ちます。弥三右衛門は織物や箔といった技術を6年間学び、博多に帰還しました。

弥三右衛門は博多に帰還したのち、糸に金や銀を混ぜて織る豪華な織物「唐織(からおり)」の元となった技術を家伝として代々受け継いでいくことに。博多織のベースが完成しつつあった15世紀後半、弥三右衛門の子孫である満田彦三郎が織物の研究のために「明」へ渡ります。

帰国後、彦三郎は友人らとともに改良を重ね、その後何百年と続く「博多織」を生み出しました。つまり、博多織は満田家により、完成したのです。

ちなみに、当初は博多の地名をとって「覇家台織(はかたおり)」という漢字が使われていたそうです。


丈夫な生地で幕府にも愛された

鮮やかな色合いや丈夫な生地は高く評価され、江戸時代には幕府に献上するための「献上博多織」が作られるようになります。こうして博多織は全国に知れ渡り、日本を代表する織物として認知されていくのです。

また、幕府への献上品としての歴史的背景もあり、当時は規制が厳しくなかなか庶民が身につけることは許されていませんでした。しかし、当時の博多を統治していた「黒田藩」の発展のために幕末へと時が進むにつれ規制が緩まり、大衆へと認知も拡大。身分関係なしに、博多が誇る工芸品として広まっていったのです。

博多織の特徴と技法


鮮やかな色合いが魅力

博多織の特徴は、「経糸(たていと)」を多く使用すること。経糸とは布に対して、縦に入る糸のことです。

経糸をたくさん使い、より綿密に織合わすことで、立体的な柄が作られるのだとか。他の織物に比べ力強く、密に織るため、丈夫さも特徴の一つ。その丈夫さから、古くは武士の帯として、現在はお相撲さんのまわしとして採用されています。

鮮やかな色彩も博多織ならでは。カラフルな生糸やうるし糸、金・銀箔を用い、壮麗な柄を作り出します。

佐賀県の伝統工芸品「伊万里」「有田焼」


伊万里焼は鮮やかな色が出る焼き物として有名

伊万里・有田焼の歴史


「有田雛のやきものまつり」のおひなさま

「伊万里」「有田焼」は佐賀県西部にある有田町発祥の伝統工芸品。

江戸時代、豊臣秀吉の命で行われた朝鮮出兵によって来日した李参平が、原料となる陶石を発見したことから歴史が始まりました。その際焼かれたものが、日本で最初の白い磁器とされています。当時は伊万里・有田焼特有の美しい絵付けはされておらず、分厚くどっしりとした磁器でした。

伊万里・有田焼の特徴


有田焼の小鉢

「伊万里焼」と「有田焼」、佐賀県で生産されるこの焼き物はふたつの名前で呼ばれていますが、特に大きな違いはありません。佐賀県の有田町が発祥のことから「有田焼」と呼ばれるのが一般的でした。その中で、完成した磁器を伊万里港から世界に輸出していたことで、「伊万里焼」とも呼ばれるようになったとされています。


伊万里市の大川内山にある鍋島藩窯橋

当初は白くてぶ厚い磁器でしたが、現在の伊万里・有田焼は華奢で主に赤や藍色の明るい絵付けがされたものが主流となっています。

この色鮮やかな装飾は「柿右衛門様式」と呼ばれています。江戸時代の陶芸家である初代 酒井田柿右衛門によって編み出された絵付け技術で、その美しさはヨーロッパの名窯「マイセン」にも影響を及ぼしたとされています。


有田焼・伊万里焼の湯呑み

磁器の特徴として薄さと軽さが挙げられますが、1,300度の高温で17時間以上焼かれる有田焼は非常に硬く、堅牢に仕上がります。また、ツルツルとしたなめらかな肌触りも有田焼ならではの特徴です。

長崎県の伝統工芸品「長崎べっ甲」


べっ甲のかんざし

長崎べっ甲の歴史

「長崎べっ甲」は長崎市や諫早市(いさはやし)で作られる伝統工芸品の一つ。

江戸時代、鎖国していた日本では海外との貿易が禁止されていました。べっ甲とはウミガメの一種である「タイマイ」の甲羅を用いて作られますがmタイマイは主に赤道付近に生息しているため、日本では手に入らないものでした。しかし、唯一貿易が許されていた長崎県に来港するポルトガル船やスペイン船によりべっ甲の原料が輸入され、生産が始まります。歴史の影響を大きく受けた、長崎ならではの文化といえるでしょう。

当時べっ甲は長寿を祝うものとされているほか、大変高価なものであったため、大名といった富裕層を中心に人気を獲得。かんざしや櫛などが主に流通していましたが、鎖国が解け外国人が多く住むようになると、その人気に合わせアクセサリーといった様々なべっ甲商品が作られるようになっていきました。

長崎べっ甲の特徴


べっ甲のかんざしとくし

長崎べっ甲の特徴は職人による緻密で洗練された技です。細かな技術が求められる髪飾りや船舶用の大きな製品も作られています。その歴史と技が認められ、2017年に国の伝統的工芸品に認定されました。

現在はワシントン条約によりタイマイの国際的な取引が規制。これは減少するタイマイを保護するためですが、それによりべっ甲の生産も陰りをみせつつあり、貴重な工芸品となっています。

大分県の伝統工芸品「別府竹細工」


別府竹細工の伝統工芸品

別府竹細工の歴史

「別府竹細工」は別府市を中心に生産されている、大分県を代表する伝統工芸です。古くよりマダケやシノダケといった竹の名産地として知られてきた大分県。奈良時代に完成した『日本書紀』には景行(けいこう)天皇が別府に立ち寄った際に質の良いシノダケが採取できたことから、茶碗籠を作ったとの記載が残っています。これが、別府竹細工のはじまりとされています。


名物の一つ、別府竹風鈴

室町時代には行商人(町で商品を売り歩く人)のために籠(カゴ)の生産が始まり、別府竹細工の市場は拡大していきます。

江戸時代に入ると、大分が誇る名温泉「別府温泉」の認知が広がり、多くの観光客が訪れるように。それに伴い、旅館や土産用の籠、生活用品としての生産が活発化し、別府竹細工は確固たる地位を築いていきます。


竹細工を制作中の様子

その後はプラスチック製品などの台頭により生産に陰りがみえることもありましたが、技術の高さが高級竹細工として認知されるようになり、現代に至ります。1967年には別府市の竹工芸家・生野祥雲斎(しょうのしょううんさい)が竹工芸では初めての人間国宝に選ばれる偉業も達成。同年には国の伝統工芸品として指定を受けています。

別府竹細工の特徴


組み方により表情を変える別府竹細工

別府竹細工の最大の特徴は、種類豊富な竹の組み方です。四つ目編み、六つ目編み、八つ目編み、網代編み、ござ目編み、松葉編み、菊底編み、輪弧編みの8つの編み方を基本として、異なる編み方を組み合わせていくことで1つの竹細工が完成します。

組み合わせ方は200以上もあるのだとか。編み方はそれぞれ用途によって使い分けられ、花籠や飯籠といった伝統的な製品から、バッグやバスケットなど日常的に使えるものまで幅広い製品が作られています。

宮崎県の伝統工芸品「都城大弓」


美しい大弓(イメージ)

都城大弓の歴史

「都城大弓」は宮崎県、そして九州地方を代表する竹工品です。大分県同様、宮崎県でも竹が豊富に採れることから長きにわたり大弓が生産されてきましたが、明確にいつが発祥かという記録は残っていません。

しかし、江戸時代にまとめられた『庄内地理志』という書物に都城の大弓に関する記載が残っているため、少なくとも江戸時代には生産が開始していたとされています。

その技術は脈々と受け継がれ、現在も日本で使われている大弓のほとんどが都城産となっています。こうした歴史は文化としても発展し、宮崎県都城市では「都城弓まつり 全国弓道大会」を毎年開催。弓道の発展の一翼を担う地域としても名高いです。

都城大弓の特徴

都城大弓の特徴はその大きさ。全長2mを超えるものの弓に安定感があるため、飛距離そして命中率共に高水準を誇ります。持ち手部分には鹿の皮が使われているなど、弓の曲線美も合わせて、優美な工芸品として全国的に知られています。

鹿児島県の伝統工芸品「薩摩焼」


薩摩焼の黒薩摩

薩摩焼の歴史

鹿児島県を原産とする「薩摩焼」は全国的にも知名度が高い焼き物の一つ。1529年からおよそ70年間に渡り続いた「文禄・慶長の役」で薩摩藩藩主だった島津義弘が、朝鮮より陶工士を連れて帰ったことが歴史の発端です。朝鮮の陶工士たちが日本で作り始めた焼き物を「薩摩焼」と呼ぶように。このことから、薩摩焼は朝鮮の文化を色濃く受けているのが特徴です。

薩摩焼の特徴


黒もんのどびん

薩摩焼は大きく「白薩摩」と「黒薩摩」に二分でき、それぞれ白もん、黒もんと呼ばれています。

白陶土を使う白薩摩は、表面に細かなヒビが入っているのが特徴です。透明の釉薬を使うことによって独特の色味を創出し、置物や装飾品が多く作られます。

一方、黒薩摩は徳利やどびんなどの生産が盛ん。庶民にも愛される陶器として、焼酎を飲む際に使用されています。


薩摩焼の登り窯

元々薩摩焼は竪野系・龍門司系・苗代川系・西餅田系・平佐系・種子島系の6つの流派が存在しましたが、現在は竪野系・苗代川系・龍門司系の3つの窯場しか残っていません。竪野系・苗代川系は白もんを中心に、龍門司系は黒もんを中心に生産しています。

九州の魅力溢れる伝統工芸品

今回は、九州地方に登録されている21の伝統工芸品から、6つをご紹介しました。日本三大織物の一つにも数えられる「博多織」、ヨーロッパの名窯にも影響を及ぼした「伊万里 / 有田焼」、職人による緻密で洗練された技が特徴の「長崎べっ甲」、発祥が奈良時代の「別府竹細工」、全国で使用されているほど知名度が高い「都城大弓」、朝鮮の文化を色濃く受けた「薩摩焼」。どれも色濃い歴史背景を持ち、九州ならではの伝統文化を今なお継承している工芸品です。

九州地方への観光の際には、一生に残るお土産として購入してみてはいかがでしょう。