幻の伝統工芸品「薩摩切子」の特徴-カットによる輝きとグラデーション
薩摩切子の歴史-欧米列強と渡り合うための事業だった
失われた美を取り戻す復元事業
新たな技法で裾野を広げていく
薩摩切子と江戸切子の違いは?-薩摩は大胆に、江戸は繊細に
【薩摩切子の作り方】一発勝負で模様を入れていく
【薩摩切子職人さんインタビュー】「ぜひ感触も楽しんでみて」
複雑な工程は体で覚える
ガラスだけど「温かみ」や「やわらかさ」も
薩摩ガラス工芸 基本情報
まとめ

鹿児島がまだ「薩摩藩」と呼ばれていた19世紀、この地で誕生した美しいガラス細工が「薩摩切子」です。豊かな国づくりに貢献すると期待されながらも一度は途絶え、そして現代の職人の手で復元された薩摩切子。

今回は、薩摩切子の復元事業に成功した「薩摩ガラス工芸(株式会社島津興業)」の工場を訪問して、実際に薩摩切子制作の様子と、薩摩切子にかける職人の想いを伺ってきました。


協力:薩摩ガラス工芸

東京都 < 浅草・スカイツリー

伝統工芸品の輪島塗の器

日本の伝統工芸品一覧&8つの地方別で徹底解説!【完全保存版】 日本で古くから受け継がれてきた技術を用いた「伝統工芸品」。日用品や着物など様々な種類が作られ、日本全国に存在しています。今回はそんな日本の伝統工芸品を地方や都道府県ごとに一覧でまとめてご紹介。それぞれの伝統工芸品の歴史や魅力を徹底解説します。

伝統工芸

幻の伝統工芸品「薩摩切子」の特徴-カットによる輝きとグラデーション

薩摩切子は、鹿児島県を代表する伝統工芸品のひとつ。しかし、現在の鹿児島で薩摩切子を制作している工房はわずか。そのうちガラスの成形から加工まで一貫して行っている「薩摩ガラス工芸」の工房を訪ねました。

薩摩切子のグラスやお猪口

見てよし、使ってよしの薩摩切子のグラスやお猪口

薩摩切子とは、ガラスの表面をカットすることでさまざまな文様を描いたガラス器です。複雑に刻まれた表面の造形と、それが光を反射してキラキラと輝く様子はまさにジュエリーのよう。

薩摩切子の特徴は、「ぼかし」と呼ばれるグラデーション。透明ガラスの上に色ガラスを被せ、それを表面から深くカットすることによって生み出されます。

江戸時代末期、欧米列強と渡り合うための事業だった

薩摩切子「ちろり」

「部分被せ」という特殊な技法で作られる「復元 銚釐(ちろり)」

薩摩切子が誕生したのは江戸時代末期、幕末の1840年代頃。イギリスをはじめとする西欧列強がアジアに勢力を拡大する中、これに対抗できる力をつけるため、薩摩藩の藩主・島津斉彬(しまづ なりあきら)が推進した「集成館事業」(近代化・工業化事業)の一環として開発されました。光の加減によって複雑にきらめくガラスの器はたいへん珍重され、他藩の大名への贈り物としても用いられたのです。

ところが斉彬がこの世を去ると、集成館事業は大幅に規模が縮小。日本を近代国家へ押し上げるべく、成果をあげつつあった事業でしたが、縮小により薩摩切子は衰退へ向かいます。1877年の西南戦争の頃には薩摩切子の製造はもちろん、その技術も途絶えてしまいました。

失われた美を取り戻す復元事業

島津興業の有馬さん

薩摩切子について説明してくれたのは「薩摩ガラス工芸」の有馬仁史さん

一度は失われた薩摩切子を再び蘇らせようとするプロジェクトが始まったのは1985年のこと。プロジェクトの中心となったのは、斉彬とゆかりの深い「株式会社島津興業」。集成館事業の中心地だった鹿児島市の磯地区に「薩摩ガラス工芸」を設立し、復元事業に取り組みました。

復元事業は文献の解読や江戸時代末期の薩摩切子を実測するなど、手がかりが少ない状態でのスタートでした。ときにはたった1枚の写真から型を作り模様や色を入れることもあったそうです。

このように復元作業は困難を極めましたが、それでも若い職人たちの情熱と辛抱強い試作の繰り返しにより、独特のカット技術はもちろん、紅・藍・紫・緑・黄・金赤(鮮やかな赤色のこと)という当時の色も再現され、およそ100年の時を経て薩摩切子が復活することとなりました。

新たな技法で裾野を広げていく

二色被せの薩摩切子

新しい技法の「二色被せ」で作られた酒器

薩摩ガラス工芸では、伝統技法の復元だけでなく新しい技法の開拓も積極的に行っています。そのひとつが、透明ガラスの上に異なる2色の色ガラスを重ねる「二色被せ(にしょくぎせ)」。

もともと色ガラスと透明ガラスのグラデーションに特徴がある薩摩切子ですが、二色被せの薩摩切子では、これまでにない「色彩のグラデーション」を表現できるそう。

21世紀の新しい薩摩切子として、これからも技術が引き継がれていくことでしょう。

薩摩切子と江戸切子の違いは?-薩摩は大胆に、江戸は繊細に

薩摩切子アップ

深いカットが生み出すグラデーションが薩摩切子の特徴

薄い色ガラスに繊細なカットが施された江戸切子

薄い色ガラスに繊細なカットが施された江戸切子

薩摩切子とよく似た工芸品に「江戸切子」があります。江戸切子は1834年に江戸・大伝馬町(現在の東京都中央区)のガラス職人によって開発されました。明治時代に入ってから工芸技法が確立され、現代まで途絶えることなく継承されています。

薩摩切子と江戸切子、どちらも日本を代表するガラス工芸「切子」ですが、2つの最大の違いはカットの技法です。伝統的な江戸切子がガラスの表面をシャープにカットするのに対し、薩摩切子では角度に変化を付け、大胆なカットが施されます。

この結果、江戸切子には繊細な手触りとくっきりした文様が生まれ、一方の薩摩切子には凹凸の大きいダイナミックな手触りと繊細なグラデーションが生み出され、それぞれの魅力となっています。

素人目には一見しただけでは薩摩切子と江戸切子の違いはわかりにくいですが、実際に手で持って触れてみると、色ガラスの厚さや、カットの深さからそれぞれの特徴が見えてきます。

ちなみに、江戸切子の素材には、薩摩切子と同じクリスタルガラスだけでなく、安価なソーダガラスも使われています。またカットのパターンもシンプルなものから複雑なものまでさまざま。このため江戸切子の価格には大きな幅があり、たとえば小さな「ぐい呑み」でも、5,000円程度のものから10万円近いものまで存在しています。

東京都 < 墨田区

大正浪漫硝子

【江戸切子】から大正・昭和ガラスまで。日本のガラス製品を日常に 日本を代表する伝統工芸品「江戸切子」。青や赤、紫、緑やピンクなど様々な色を持つ繊細なカットが特徴のガラス細工です。江戸時代に日本に入ってきて、その後日本独自に発展。今回はその歴史や大正・昭和時代のガラス製品についても紹介していきます。

伝統工芸

【薩摩切子の作り方】一発勝負で模様を入れていく

薩摩切子づくりは、大きく分けて「生地づくり」と「カット」に分けられます。
「生地づくり」とはカットを入れる前の器をつくる作業のこと。まずガラスの原料を混ぜ合わせて溶かし、透明ガラスや色ガラスを作ります。

次に溶けたガラスを竿に巻きつけ(これを「たね巻き」といいます)、床に置いた型の中へ。透明ガラスと色ガラスを重ね合わせます(「色被せ[いろきせ])といいます)。

そして金型や木型にガラスを吹き込んで成形したり、竿につけたガラスを加熱しながら広げたりして器の形を作ります。最後にできあがった生地を約16時間かけて冷ませば、生地の完成です。

たね巻き

①高温の炉でガラスを竿に巻きつける「たね巻き」

色きせ

②透明ガラスと色ガラスを重ねる「色被せ」

不純物を取り除く

③手作業で生地に入り込んだ不純物や気泡を取り除いていく

次は「カット」の工程です。
できあがった生地にカットの目印を書き込む「当り」という作業から始まります。
当りをつけたら、高速回転するダイヤモンドホイールで表面をカット。これは「荒ずり」と呼ばれます。

さらに、細かい柄を仕上げる「石掛け」や、線や面を磨く「木盤磨き」、「ブラシ磨き」を行います。最後に布製の円盤でツヤを出す「バフ仕上げ」を経て、薩摩切子の製品が完成します。

あたり

④ガラスの状態をチェックしてカットの目印を決める「当り」

荒削り

⑤高速回転するダイヤモンドホイールでガラスをカットする「荒ずり」

石掛け

⑥木製のホイールで磨きあげる「木盤磨き」

【薩摩切子職人さんインタビュー】「ぜひ感触も楽しんでみて」

薩摩切子の復元が実現した背景には、プロジェクトに関わった人たちをはじめ、大勢の職人さんたちの熱い思いがあります。今回は、30年以上薩摩切子の制作に携わってきた職人・松林雄一郎さんにお話を伺いました。

薩摩切子職人の松村さん

復元事業の初期から薩摩切子づくりに携わる松林雄一郎さん

複雑な工程は体で覚える

ーー薩摩切子の職人として、特に難しいのはどのようなところですか?

薩摩切子ならではの特徴はカットにありますが、カットの工程では同時に3つのことに気を配らなければなりません。ひとつ目は正確な「線」、ふたつ目は適切な「角度」、3つ目はカットする「深さ」です。

といっても、職人は人間なので、一度にいくつものことを同時に考えながら作業するのは困難。スムーズにカットを行うためには、まずは3つの動作のうちふたつまでを体に覚え込ませます。そうすれば自然に動けるようになって、残りのひとつに集中するのがポイントになります。

もちろんこれには時間がかかりますから、一人前のカット職人になるまでには、少なくとも10年は修行する必要があるでしょうね。

説明する松村さん

美しいカットは長年の修行があってこそ。一朝一夕ではできない、まさに職人技です

ガラスだけど「温かみ」や「やわらかさ」も

ーー薩摩切子の魅力とはなんでしょうか?

まずは「見て」楽しめることです。薩摩切子の文様はさまざまな角度や深さでカットされているため、光に当てると宝石のようにキラキラ輝きます。「ぼかし」と呼ばれるグラデーションがあるのも薩摩切子ならではの魅力です。

また「感触」でも楽しめます。薩摩切子の表面はボコボコとしていて、手によくなじみます。このユニークな手触りも、実に薩摩切子らしいと思います。

深い紫の薩摩切子

深いカットは触っていてもその存在感を強く感じる

ガラスというのは基本的に冷たく硬いものですが、このように見て触ることで「温かみ」や「やわらかさ」も感じられるのが、薩摩切子の魅力ではないでしょうか。
薩摩切子は、熟練の職人がギリギリの一発勝負で生み出すカットが特徴です。ぜひ薩摩切子を手に取って、「カットの美しさ」「文様」「感触」を楽しんでください。

薩摩ガラス工芸 基本情報

(島津薩摩切子ギャラリーショップ 磯工芸館)
住所:鹿児島県鹿児島市吉野町9688-24
TEL:099-247-2111
営業時間:9:00~17:00
定休日:無休
公式ホームページ https://satsumakiriko.co.jp/

薩摩ガラス工芸のオンラインショップではグラスやアクセサリーを販売していますよ。お値段はアクセサリーなら1〜2万円台のものも。グラスやタンブラー、お猪口などは2〜6万円台程度のものが多数揃えられています。

薩摩切子を体験したい!という方は、「仙巌園」で行っている、切子カットの体験に参加してみてはいかがでしょうか。金赤グラス、透明グラス、キーホルダーから好きなものを選んで体験ができます。事前予約はこちらからできます。

現代に蘇った「薩摩切子」を見に行こう

一度は途絶えながら、100年を経て復活した「薩摩切子」。職人さんたちが働く工場を見学し、実際の薩摩切子を手に取ることで、その魅力を十分に感じることができました。

薩摩ガラス工芸では、営業時間中は無料で工場見学が可能です。写真撮影(フラッシュ禁止)もできるので、鹿児島観光の際はぜひ訪れて、ギフトやプレゼントにもぴったりな薩摩切子の魅力に触れてみてください。

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