付喪神とは?
付喪神の歴史
現代に伝わる付喪神の種類
付喪神は妖怪?精霊?
現代でも大人気な付喪神

現代の日本に伝わる「付喪神(つくもがみ)」。長い年月を経た道具や自然などに宿るものを指します。日本の文化に触れてこなかった人でも、付喪神という名前を1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

しかし実際には、付喪神の定義や正体がわからない人も多いはず。今回は、謎に包まれている付喪神の正体や歴史について徹底解説していきます。

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その他伝統・日本文化

付喪神とは?


付喪神の提灯お化け
付喪神は、長い年月を経ることで物に宿る神や精霊と言われています。物に付喪神が宿るまでの年月はおよそ100年。そして付喪神は「九十九神(つくもがみ)」と書かれることもあります。

付喪神の由来


長年経ったものには付喪神が宿ると言われている
また、伊勢物語の和歌にも登場する白髪の老婆を表した「つくも髪」が付喪神の由来と言われることも。依代(よりしろ)になるものは道具や生き物、自然のものとジャンルを問わず、古いものや長く生きたものならば何でも宿る可能性があるのです。特に九十九神は「百鬼夜行」に出ていたことで、その知名度を上げました。

また、九十九神と書かれる理由として「長い時間や経験の積み重ね(99年)」や「多種多様な物(99種類)」という意味が込められているなど諸説あります。

妖怪の大行進で人々に恐怖をもたらした百鬼夜行。そんな物語に登場していたと聞くと、どうしても付喪神は人に害を成すものと思うかもしれません。

しかし、付喪神は荒ぶり人を襲うものもいれば、反対に人に幸をもたらすものもいるのだとか。ついつい一方的に悪い方向で考えてしまいがちですが、付喪神によっては良い付喪神もいるので、もし見かける機会があればよく観察してみてくださいね。

付喪神の歴史


中国から伝わった銚子
付喪神が初めに登場したのはなんと室町時代。伊勢物語につくも髪という名前で登場し、付喪神の概念が語られています。平安時代に書かれた「今昔物語集」においても、銚子(ちょうし)やかかしが化けて人間を脅かしたという小さな悪事の話が出てくることも。

物に化ける特徴から「平安時代にも付喪神はいる」と議論が行われることも。しかし今昔物語集では、明確に付喪神の名前が出ているわけではなく、確実に登場して名前が残ったのは室町時代になります。

付喪神の存在が明記された付喪神絵巻


物や道具が100年経つ前に捨てられてしまう煤払い
室町時代に書かれ日本に伝わる絵巻物の「付喪神絵巻」。その絵巻の中で付喪神の存在がしっかりと書かれています。

当時は技術が発展し始めたこともあり、新しい物が手に入れば古い物を頻繁に捨てていた時代だったと言われています。

それに加え「物や器物は100年経つと妖の心を持ち化けて出る」と信じられていた時代。そのため年末に行われる大掃除の日に、あと1年で100年目を迎える古い道具が「煤払い(すすはらい)」ということで道端や川岸に捨てられてしまったのです。


付喪神は人間への恨みから人を脅かし続けていた
妖の心、つまり付喪神がつくからと恐れられ捨てたにも関わらず、捨てられた器物は「あと1年だったのに」と恨みを抱き、結果的に魂が宿ってしまうことに。

付喪神となった器物たちは、人間を襲い恐怖を与えます。そんなことを続けている時に現れたのが仏教徒を保護する神々の「護法童子(ごほうどうじ)」と「尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)」。法力によって付喪神を調伏させます。

そこで反省した付喪神は出家。後に真言宗を学んで修行を重ね、最終的には成仏することになります。付喪神も出家や修行を行うことに驚く人もいるかもしれませんね。

現代に伝わる付喪神の種類

付喪神についての実際の文献や資料といったものは、実はあまり残っていません。

そのため現代に語り継がれる付喪神のほとんどは、江戸時代に浮世絵絵師として活動していた「鳥山石燕(とりやませきえん)」の描いた「百器徒然袋(ひゃっきつれづれぶくろ)」によるもの。

その中でも有名な付喪神を紹介します。

不落不落


付喪神の不落不落
百器徒然袋に登場する「不落不落(ぶらぶら)」。この名前には親しみがない人が多いかもしれませんが、不落不落は提灯の付喪神です。

一般的に百器徒然袋にも記されていることから妖怪の類にされることも多く、最も呼ばれる名前は「提灯お化け」。しかし道具の形をして取り憑いている特徴から、付喪神ではないかと言われています。

解説文には「山田もる提灯の火とは見ゆれどもまことは蘭ぎくにかくれすむ狐火なるべしとゆめのうちにおもひぬ」という記載がされている不落不落。これは「田に立つかかしのように提灯の火が見えたけど、本当は蘭菊に隠れ住む狐が出した狐火じゃないかと、夢で思った。」というように書かれています。

この文章から「不落不落の正体は狐火ではないのか」という声も。しかし百器徒然袋に器物の妖怪として紹介されているので、正体は狐火ではないと解釈されています。

雲外鏡


付喪神の雲外鏡
鏡の付喪神である「雲外鏡(うんがいきょう)」。百器徒然袋には「照魔鏡(しやうまきやう)と言へるは もろもろの怪しき物の形をうつすよしなれば その影のうつれるにやとおもひしに 動(うごき)出るままに 此(この)かゞみの妖怪(ようくはい)なりと 夢の中におもひぬ」と記されています。

これはつまり、魔物の正体を暴き出す「照魔鏡(しょうまきょう)」と言われる伝説の鏡を元に、石燕が創作した妖怪であるという。照魔鏡は殷(いん)の時代に覇権を取っていた「紂王(ちゅうおう)」や「妲己(だっき)」との深い関わりがあります。

妲己は当時の中国の中でも絶世の美女であり、殷を統治していた紂王を誘惑。見事に妲己に惚れてしまった紂王は、妲己を寵愛し続けました。

妲己も何をしても許されるために悪虐の限りを尽くすことに。紂王もまた妲己を愛しすぎたため国の政治が疎かになり、なんと国が滅びかける事態にまで発展します。

照魔鏡は正体を暴く鏡だった
そこで登場するのが周の時代の王になる「武王」。あまりにもだらしない紂王をみかねた武王は殷を侵略します。その際に紂王は自殺してしまい、妲己は逃亡。とどめを刺すために追いかけた武王が持ち出したのが、この照魔鏡です。

この鏡をかざすと妲己の姿がなんと9つの尾を持つ「九尾」に早変わり。妲己は九尾だったため妖術で紂王を虜にしていましたが、武王にその正体が暴かれその場で処刑されました。妲己は国を傾けた女として、悪女・魅惑的な女性の代名詞に使われることも。

そんな妖怪や魔物という存在を映し出す照魔鏡をモデルに作られた雲外鏡は、鏡自身に顔がついていると言われます。それは照魔鏡に映し出された妖怪たちが、照魔鏡を操り動かしていると解釈されているそう。

瀬戸大将


付喪神の瀬戸大将
さまざまな陶器が寄せ集められたような姿をする「瀬戸大将」。瀬戸物の甲冑を身につけた付喪神と言われています。瀬戸大将は絵巻物には登場するものの、実際に何かの伝承に出てくるという訳ではありません。

しかし百器徒然袋には「曹孟徳にからつやきのからきめ見せし燗鍋(かんなべ)の寿亭侯にや蜀江のにしき手を着たり」と記され、後漢の末期に活躍した「関羽(かんう)」と「曹操(そうそう)」が登場。

瀬戸物と唐津物の争いが起きていた
百器徒然袋は「三国志演義」に見立て、瀬戸物と唐津物に陶磁器同士の争いを描いているのではないかと言われています。百鬼夜行にも登場する瀬戸大将ですが、これは明治中期にかけて活躍した浮世絵師「月岡芳年」が、百器徒然袋に登場する姿を参考に描いたとのこと。

平成以降の書物には、現代の食卓において瀬戸物が主流になっている理由として、江戸時代に瀬戸大将の率いる瀬戸物がそれまで主流であった唐津物を打倒し勢力を拡大したためと言われています。

付喪神は妖怪?精霊?

長年使用してきたものに宿ると言われる付喪神。しかし付喪神の正体は結局なんだろうと思う人もいるかもしれません。実は書物や文献になど書かれているものによって、付喪神の存在が変わってしまうこともしばしば。

ここでは付喪神の正体を明らかにしていきます。

精霊と妖怪を併せ持つ付喪神

付喪神が精霊か妖怪であるという扱いは文献によってさまざま。しかし、実は付喪神は精霊であり、妖怪であると考えられています。

とはいえ同じものの中に、妖怪や精霊といった相反するものがいるのは不可思議。これには宿る前と宿った後に呼び名が変わっていると考えられているのです。

宿る前は精霊である付喪神


付喪神は自然にも宿る
そもそも長年使われたものに宿るのが付喪神と考えられていますが、そのもの自体が実は精霊や霊魂と考えられています。そして宿る対象は、物や道具から自然に至るまで。

そのため昔から自然には精霊や神が宿ると考えられる日本では、宿る付喪神は神聖なものとさえ考えられています。また、昔から存在する家や井戸、トイレの神様という言葉を聞いたことがあったり、祀られているところを見たことがある人もいるはず。

これは付喪神と同じように、長年使われたために神や精霊が宿った八百万の神と思われているためです。特に山といった自然は、神仏の餓鬼や地獄といった見えない世界と通じているとも考えられるそう。

付喪神はあまり良い印象を持たない人もいるかもしれませんが、実は神聖な精霊でもあるのです。

妖怪と言われる付喪神


百器徒然袋には他にも多くの付喪神が登場する
ものに宿る前は精霊であると考えられる付喪神。しかし、宿った後は主に妖怪として考えられることが一般的です。

その理由として、付喪神が登場するものが主に妖怪を題材にした絵巻物であるため。特に代表的なものは百鬼夜行です。百鬼夜行は妖怪の行進としても書かれており、そこに登場するのは鬼や猫又とまさに有名な妖怪たち。

さらに付喪神は、捨てられた恨みや執念によって生まれたもの。そのため悪さを行うことも人に危害を加えることもあります。妖怪自体が人間を脅かす存在とも考えられるため、認識として妖怪の類になったとも。

現代でも大人気な付喪神

今回は付喪神の正体や歴史を解説してきました。今まで付喪神と関わりがないと思う人が多いかもしれませんが、案外昔から信じられている付喪神は現代にも親しまれているもの。

特に現代だと「刀剣乱舞」や「付喪神貸します」、「ゲゲゲの鬼太郎」といったゲームやアニメ、漫画と幅広いコンテンツで取り上げられ今や大人気です。

技術が発展している現代は、特に新しい道具や物の入れ替えが激しい時代。物を捨てる機会が多くても、感謝の気持ちを持ってみてはいかがでしょうか。もしかしたら、あなたの物にも付喪神が宿っているかもしれません。