年始の年中行事として、古来より現代にまで引き継がれているものに「七草粥」があります。1月7日の「人日(じんじつ)の節句」に春の七草入りのおかゆを食べることで無病息災を祈る行事です。本記事では、春の七草の正式名称と漢字表記、起源や覚え方について解説します。春の七草を知って、日本の伝統行事である七草粥を楽しむきっかけになれば幸いです。
本記事は2023年9月に制作しています。科名・学名等、諸事情により変更となる場合があります。
1. 春の七草の名称一覧(古名・正式名称・漢字)
春の七草のざる盛り
春の七草の正式名称と漢字表記について、以下に一覧化しました。
名称は、古名・正式名称(現代名)・別名・漢字の順で記載しますが、古名とは異なる現代名にも着目です。
すずなはカブ、すずしろはダイコンとなります。現代では、この2つは野草というよりも野菜ですね。
■せり
古名 :せり
正式名称:セリ
別名 :シロネグサ
漢字 :芹
■なずな
古名 :なすな
正式名称:ナズナ
別名 :ペンペングサ
漢字 :薺
■ごぎょう(おぎょう)
古名 :ごぎょう(おぎょう)
正式名称:ハハコグサ
別名 :ホオコグサ、オギョウ
漢字 :御形
■はこべら
古名 :はこべら
正式名称:ミドリハコベ
別名 :ハコベ
漢字 :繁縷
■ほとけのざ
古名 :ほとけのざ
正式名称:コオニタビラコ
別名 :-
漢字 :仏の座
■すずな
古名 :すずな
正式名称:カブ
別名 :-
漢字 :菘
■すずしろ
古名 :すずしろ
正式名称:ダイコン
別名 :-
漢字 :蘿蔔
2. 春の七草の順番と覚え方
春の七草の順番は特に決まっていません。自分が覚えやすいように順番を変えてみましょう。
春の七草は五七五七七の短歌調で覚えるのがおすすめ!
「せり なずな
ごぎょう はこべら
ほとけのざ
すずな すずしろ
これぞ ななくさ」
この短歌は源氏物語の注釈書である『河海抄(かかいしょう)』に記されており、覚え方としても秀逸です。一度覚えてしまうと、簡単に口をついて出てくるので、子どもにおすすめとなります。
頭文字を使った春の七草の覚え方
インターネット上でも覚え方が見つかりました。こちらは大人には覚えやすいかもしれないですね。
①「セナはゴッホとすず2つが好き」
せりの「セ」
なずなの「ナ」
はこべらの「は」
ごぎょうの「ゴ」
ほとけのざの「ホ」
すずなの「す」
すずしろの「す」
なお、「すず2つ」は「スズナ」と「スズシロ」を指します。
②「セナはスースー、ゴホッ」
という覚え方を提案しますが、少し難易度が高いかもしれません。
「セナは」は「せり」「なずな」「はこべら」
「スースー」は「すずな」「すずしろ」
「ゴホ」は「ごぎょう」「ほとけのざ」
「セナさんはスースーと寒気を感じ、ゴホっとなった」のようなイメージです。
3. 春の七草はどんな花を咲かせる?
春の七草の花一覧。左からせり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ
春の七草は花が咲く時期には食べないため、どういう花を咲かせるのか知らない人がほとんどでしょう。
滋養強壮によい春の七草がどんな花を咲かせるのかなどを詳しく解説します。
せり
せりの葉と花
学名:Oenanthe javanica
科名:セリ科
現代名:セリ
別名:シロネグサ
漢字名:芹
日本全土に分布し、水田や小川のほとりなどの湿った場所でよく見かける草丈20~50cmの草。秋に新芽を出して増えますが、密集して競り合うように生える様子から、「せり」という名前が付けられました。花期は7~8月で、多数の白い小さな花を咲かせる様子はとても可憐です。中国では古来より薬用として栽培されています。
なずな
なずなの葉と花
学名:Capsella bursa-pastoris
科名:アブラナ科
現代名:ナズナ
別名:ペンペングサ
漢字名:薺
日本全土に分布し、公園や草地、河原などによく見かける草丈が10~40cmの野草です。花期は3~6月で、アブラナ科に特徴的な4枚の花弁が十字に並ぶ、直径3mmほどの小さな花をたくさんつけます。果実は三角形をしており三味線のバチに似ていることから、ペンペングサという別名でも呼ばれる草です(三味線のペンペンという音色から)。
ごぎょう(おぎょう)
ごぎょうの葉と花
学名:Pseudognaphalium affine
科名:キク科
現代名:ハハコグサ
別名:ホオコグサ・オギョウ
漢字名:御形
中国からインドシナ、マレーシア、インド、日本全土に分布する草丈15~40cmの野草。道端や土手、空き地などでよく見られ、若葉を七草粥に使います。茎や葉が柔らかな白い毛に覆われて白っぽく見えるのが特徴的な野草です。諸説ありますが、白い毛が生える様子から、毛が起毛状にほうけ立つ草として「ホオコグサ」または「ハハケグサ」と呼ばれるようになったようです。なお、昔はヨモギではなくごぎょうが草餅に使われていました。花期は4~6月で、直径2mmほどの小さな花が塊になって咲きます。
はこべら
はこべらの葉と花
学名:Stellaria neglecta
科名:ナデシコ科
現代名:ミドリハコベ
別名:ハコベ
漢字名:繁縷
日本全土を含むアジアやヨーロッパ、アフリカの温帯から亜熱帯にかけて分布し、道端でよく見かけるなじみ深い草丈10~30cmの野草です。正式名称はミドリハコベですが、通称でハコベと呼ばれています。花期は3~9月で、5枚の花弁が2つに分かれ、ウサギの耳のような形の白い10枚の花弁があるように見えるのが特徴。全草は繁縷(はんろう)という生薬で、利尿、浄血作用があるとされます。
ほとけのざ
ほのけのざの葉と花
学名:Lapsanastrum apogonoides
科名:キク科
現代名:コオニタビラコ
漢字名:仏の座
韓国(済州島)や中国、日本(本州~九州)に分布する草丈10cmほどの野草。水田や畑でよく見られ、花期は3~6月頃で、茎の頂部に黄色の舌状花をひとつ咲かせます。小さなタンポポのような花で、葉もタンポポと同様にバラの花びらのようになるロゼッタを形成。このロゼッタの形状が仏の座る台座のように見えることから、仏の座と呼ばれるようになったようです。
すずな
すずなの葉と花
学名:Brassica rapa
科名:アブラナ科
現代名:カブ
漢字名:菘
すずなとはカブのことであり、原産地はアフガニスタンから地中海沿岸の南ヨーロッパのあたりだといわれています。ヨーロッパでは紀元前より栽培されており、日本には弥生時代に伝来し栽培されてきました。日本では約80種類の品種があるそうです。花期は3~4月で、アブラナ科に特徴的な黄色の4花弁の十字形の花を総状につけます。野草として見かけることは少ないため、栽培している方以外は花の色や形状を知らないかもしれませんね。
すずしろ
すずしろの葉と花
学名:Raphanus sativus
科名:アブラナ科
現代名:ダイコン
漢字名:蘿蔔
すずしろとはダイコンのことであり、原産地は地中海沿岸あたりだといわれています。エジプトで広く栽培されており、日本に1300年以上も前に伝来し栽培されています。花期は3~4月で、アブラナ科に特徴的な4花弁の十字形の花を総状につけます。すずなやなずなと異なり、花の色は白色または薄紫色です。ずずなと同様に野草として見かけることは少ないので、知る人ぞ知る花になるでしょう。
4. 七草粥はいつ食べる? なぜ食べる?
七草粥。炊いたお粥に下茹でした七草を混ぜればできあがり
七草粥は、1月7日の「人日の節句」に食べます。
以下に、なぜ、1月7日なのか? 七草粥とは何かを解説しますね。
なぜ七草粥を1月7日に食べるのか?
中国の風習でお正月に当てはめられる動物
日本には若草や若芽をお粥にして食べ健康を願う風習がありました。そこへ、中国の人日の風習が伝わり、七草粥を食べて無病息災を祈る日として人日の節句である1月7日が制定されたようです。
中国では、元旦から1月6日までのそれぞれの日に、獣畜(じゅうちく)を当てはめて占いを行う風習があります。当てはめられた獣畜はその日だけは殺さず大切に扱う決まりでした。
元旦は鶏、2日は狗(いぬ)、3日は羊、4日は猪、5日は牛、6日は馬があてはめられ、7日は人を占い大切にする日として人日という節句になったそうです。中国では人日の節句に7種類の若芽を熱い吸い物にして食べると年中無病で過ごせるという言い伝えがありました。
七草粥の意味
植物の若芽を細かく刻んでお粥にして食べる七草粥には、食物の乏しい冬に栄養を補給するという大切な役割がありました。現代では野菜を年中購入できますが、季節の旬の野菜を食べるしかなかった当時の人々には野草の若芽は冬の貴重な栄養源になっていたのです。
春の到来を待ち焦がれつつ、健康に役立つ機能性成分を豊富に含む春の七草を食べて無病息災を祈ることは理にかなった風習といえますね。アブラナ科の植物はアメリカで提唱されたガン予防に役立つ食品(デザイナーフーズ)の最上位に位置づけられるほど健康効果が高いのですが、春の七草にアブラナ科の植物(なずな・すずな・すずしろ)が多く含まれることとも関連性があるのかもしれません。
5. 七草粥の行事はいつから行われている?
四辻善成『河海抄[1],写. 国立国会図書館デジタルコレクション 河海抄 [1](参照 2023-09-27)
中国では6世紀の『荊楚歳時記』という古典に「七草粥を1月7日に食べる」という記述があり、古くからの風習だったといえます。なお、日本では、平安時代には行われていたようです。
日本の七草粥に入れる七草は時代とともに変化してきましたが、現在、もっとも一般的な七草は『河海抄』(四辻善成による源氏物語の注釈書)に記されている「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」となります。江戸時代には、この七草を使った七草粥を将軍も食べて無病息災を祈りました。そのため、幕府公式行事となり、日本の年中行事として定着したのです。
ただ、七草粥に使われる七草は、地方によってかなりの違いがあり、雪深い地方などでは野草を採取できないため、地方に適した食材に変更し今日まで引き継がれてきました。たとえば、山形県天童市では七草を利用せず、ゴボウ、ニンジン、こんにゃく、ずいき、油揚げな、豆腐などを入れた納豆汁として食べるそうです。
山形の納豆汁。村山地域などで七草の時期に食べることがあるそう
また、島根県松江市ではセリ、ホンダワラ、カブ、ダイコン、ナズナ、餅を入れ、長野県木曽郡ではセリ、カブ、ダイコン、豆、粟、凍み豆腐、餅を入れます。いろいろな地域の七草粥を食べ比べしてみたいですね。
七草粥の行事は、前日に七草を用意することから始まり、まな板の上で、包丁の背やすりこぎなどで七草をよく叩いて刻んだのち、神棚に供えます。7日の朝に下げて粥に入れて食べる行事です。七草を叩いて刻む際に、「七草なずな、───」「バタバタ───」などの囃しことば(はやしことば)を唱える風習がありましたが、最近では風習や伝統が失われつつあり、ほとんど唱えられることはないでしょう。
春の七草を探して七草粥を作ってみましょう!
無病息災を祈るだけでなく、正月祝賀での食べ過ぎや飲みすぎで疲れた胃をいたわることもできる七草粥。ついつい食べ過ぎちゃった、という人は1月7日に七草粥を食べるのはおすすめ。
最近は田んぼの減少や空き地の管理状態などの影響で、春の七草を集めることは難しくなりつつあります。また、どれが七草なのかを見極めることも難しいのですが、来年のお正月は季節感を感じながら、家族でのんびり七草探しをしてみてはいかがでしょうか?
自分たちで採った七草(もちろん二草でも構いません)は格別だと思いますよ。
Text:Yoshiyuki Nu Edit:Erika Nagumo
Photo(特記ないもの):PIXTA
参考:
藤井伸二 監修・高橋修 著『色で見分け 五感で楽しむ野草図鑑』(ナツメ社/2014年)
釜江正巳『春・秋 七草の歳時記』(花伝社/2006年)
中西弘樹『日本人は植物をどう利用してきたか』(岩波ジュニア新書/2012年)
広島大学デジタルミュージアム
農林水産省
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Wikipedia
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一般財団法人 姫路市まちづくり振興機構 ミドリハコベ(ナデシコ科ハコベ属)
東京都農林総合研究センター
国立科学博物館/琉球の植物データベース
独立行政法人 農畜産業振興機構
恵泉女学園大学 野菜の文化史(1) ダイコン
鹿児島県総合教育センター 指導資料 理科 第300号
一般社団法人 日本人形協会
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