「お彼岸」といっても、お墓参り以外の具体的なイメージが湧きません。そういえば、和菓子屋さんの店頭におはぎ・ぼたもちが並んだり、お蕎麦屋さんのメニューに彼岸蕎麦を見かける程度だったりします。
そこで「お彼岸って、なに?」という基本のキを、日程からタブーまで徹底解説します。プラス「おはぎ・ぼたもち」「彼岸蕎麦」「彼岸花」の、知っているようで知らない知識をこっそり教えちゃいます。
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1. 2024年のお彼岸は、いつからいつまで?
●2024年春のお彼岸:
3月17日(日)~3月23日(土)までの7日間。
彼岸入りが17日(日)、彼岸明けが23日(土)です。
●2024年秋のお彼岸:
9月19日(木)~9月25日(水)までの7日間。
彼岸入りは19日(木)、彼岸明けは25日(水)です。
どちらのお彼岸も「秋分の日」「春分の日」を中心とした7日間の日程です。この「秋分の日」「春分の日」は「昼と夜の長さが等しくなる日」。国立天文台が『暦象年表』(※1)に基づいて算出し、施行年の前年2月第1平日の官報(※2)で発表します。
ちなみに、「秋分の日」「春分の日」が現在のような国民の祝日になったのは1948年のこと。祝日法という法律で制定され、趣旨は、春分の日=「自然をたたえ、生物を慈しむ」、秋分の日=「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」です。
※1 暦象年表:国民の祝日、二十四節気などのほか、太陽・月・惑星の視位置、各地の日の出入りなどの惑星現象などを掲載した冊子のこと。国立天文台が発行
※2 官報:法令などの政府情報を伝達する国の機関紙。行政機関の休日を除き毎日発行されている
春彼岸・秋彼岸のスケジュール。春分の日・秋分の日を中心とした前後7日間がお彼岸
2. お彼岸って、なに? どんなことをするの?
2-1. お彼岸の意味と由来
「阿弥陀聖衆来迎図」。西にある極楽浄土から阿弥陀如来一行が、念仏を唱えている人を迎えに来る場面を描いています 出典:国立博物館所蔵品統合検索システム 阿弥陀聖衆来迎図
ニュースなどで秋や春の風物詩的に取り上げられるお彼岸。日本ではご先祖のお墓参りをしたり、ぼたもちやおはぎを食べるなど行事化していますよね。仏教色が強く、ほかの仏教圏でも行われているかと思いきや、実は日本特有の文化。
仏教行事と太陽信仰を基にした農耕儀礼(※3)などが複雑に合わり、現在のようなお彼岸の形になったとされています。
仏教でいう彼岸は、元々は「波羅蜜(パーラミター)」という梵語(※4)が由来。波羅蜜は日本語に訳すと「至彼岸(とうひがん)=彼岸に到達する」。つまり「此岸(しがん)」というこの世の迷える岸から、彼(か)の岸=悟りの岸である「仏の世界」に辿り着くという意味です。
太陽信仰の名残を伝える行事については、 『日迎え・日送り』って?の項で、農耕儀礼にまつわる「社日」については、お彼岸にやってはいけないことって、ある?の項で解説します。
お彼岸はざっくり解釈すれば「祖先を敬い供養し、農作物の恵みに感謝する日」と言えそうです。
※3 農耕儀礼:稲作を中心とした農業にまつわる儀式や礼法
※4 梵語(ぼんご):日本や中国などの漢字文化圏などで使われているサンスクリット語のこと
2-2. お彼岸は、なぜ秋分の日・春分の日をはさんで前後3日間?
仏教では「昼と夜の長さが等しくなる」秋分の日や春分の日は、釈迦の教えである「偏りのない考え方である中道を表す」と考えられています。そのため「秋分の日」「春分の日」を「中日(ちゅうにち)」といい、重視しています。
あまり知られていませんが、7日間の日程にも理由があります。最初の3日間は父方の供養、後の3日間は母方の供養、中日は水子や親より先に亡くなった子どもの供養をする日とされています。
2-3. お彼岸にすること
丁寧にお墓を掃除
まずはお仏壇とお墓の掃除をします。普段よりも、念入りにお仏壇や仏具の掃除をしましょう。掃除には、心身を清める意味があるのだそうです。お墓の掃除に関しては、前日にする地域もあれば、お墓参り当日の地域もあります。
お仏壇へのお供えは、花、水、ロウソク、線香、おはぎやぼた餅、くだもの、故人が好きだった食べ物などを用意します。お墓参りのお供えは、お仏壇へのお供えと基本は同じですが、お寺や霊園によってはお供えに食べ物が禁じられていたり、持ち帰りが推奨されている場合もあります。
いずれにしても、ご先祖様を気持ちよく迎える日にしましょう。
2-4. 「日迎え・日送り」って?
西の彼方に沈んでいく太陽
お彼岸の中日にたらいの水に映った太陽を拝んだり、入日を拝んだりすることが、昔は日本各地で行われていました。いまでも京都府宮津市付近や兵庫県美嚢郡(みのうぐん)・加東郡ではお彼岸に、朝は東の、日中は南の、夕方は西の社寺やお堂に参拝する風習が残っています。
こんなふうに朝に東へ行って日の出を迎え、午後に西へ向かって歩いて入り日を送ることを「日迎え・日送り」または「日の供(とも)」といっていました。
また長野には秋分・春分の日に小高い山に登り、一日中、太陽を追って五穀豊穣を祈る「日天観(にちてんがん)」という風習がありました。農業が主要な産業であった時代「彼岸」とは「日願(ひがん)」でもあったのです。
2-5. お彼岸にやってはいけないことって、ある?
くわや鎌など農耕具を使う仕事は……
巷では「お彼岸中はお祝い事や納車などは慎むべき」と言われることもあります。しかし、それらは文献を調べる限り、NGであるとの記述はなく(編集部調べ)、あまり気にしなくてもよさそうです。いっぽう、お彼岸の近くにある「社日」にはやってはいけないことが記されてあります。
「社日」とは暦でいう雑節(※5)のひとつで秋分・春分に近い「戊(つちのえ)の日(※6)」のことです。
では「社日」に、してはいけないといわれていることとは何でしょうか。答えは「土いじり」です。正確には、土いじりをNGとする地方がある(あった)、というニュアンスです。
「社日」の由来は、唐の国(※7)で行われていた「社=土地の守護神」を祀る祭日に遡ることができます。それが奈良~平安時代に日本に伝わり、暦に取り入れられ定着しました。日本は昔から稲作を大切にして来た国です。そのため土地の守護神である地神(じじん)は農神の性格を併せ持つようになりました。
たとえば神奈川県では地神は作神(さくがみ/※8)とされ、春の社日に田に降りて来て、秋の社日に山に帰るとされています。中国・四国地方では天照大神(あまてらすおおみかみ/※9)・倉稲魂命(うかのみたまのみこと/※10)・埴安媛命(はにやすひめのみこと/※11)・小彦名命(すくなびこなのみこと/※12)・大己貫命(おおなむちのみこと/※13)の名前を刻んだ五角柱を建て、これを地神さんと呼ぶなど、さまざまな言い伝えがあります。
春の社日は「五穀豊穣を祈る日」、秋の社日は「稲穂をお供えして神に感謝する日」の性格を持つため、土いじりをタブーとする地方があるのです。
※5 雑説:太陰暦で用いられている二十四節気・五節句のほかに、季節の移り変わりをつかむために設けられた特別な日のこと
※6 戊の日:陰陽五行説でいう十干の5番目。「土の兄(つちのえ)」ともいう
※7 唐の国:中国の古代王朝。西暦618~907年
※8 作神(さくがみ):農作の守護神。農神と同じ。田の神
※9 天照大神(あまてらすおおみかみ):神話に主神として登場する女神
※10 倉稲魂命(うかのみたまのみこと):神話に登場する穀物神。女神と考えられている
※11 埴安媛命(はにやすひめのみこと):神話に登場する土、陶器、肥料、鎮火、田畑を守護する女神
※12 小彦名命(すくなびこなのみこと):海の彼方の常世の国から渡ってきた小人神。一寸法師のルーツ。穀物、医療、酒造、温泉、常世の神
※13 大己貫命(おおなむちのみこと):大国主神の別名。出雲神話のヒーロー
3. お彼岸にまつわる食べ物と花
3-1. おはぎ・ぼたもち
今ではあんこ以外にきな粉のおはぎ・ぼた餅もありますよね
名前の由来は諸説ありますが、秋彼岸のおはぎは萩の花に、春彼岸のぼたもちは牡丹の花に見立てたネーミングという説が一般的です。
小豆あんで包まれているのは、一説によると小豆の赤い色には邪気を払う効果があると伝えられているからです。本来は、おはぎ(秋)は小豆の収穫時期で皮が柔らかいことから「粒あん」、ぼたもち(春)は小豆の皮が固くなるため「漉しあん」という違いがありました。
今ではあんの種類も増え、胡麻あん、きな粉あん、ずんだあんなど、さまざまなあんのおはぎ・ぼた餅が作られています。
3-2. 彼岸蕎麦
お彼岸の時期に食べたい食べ物・蕎麦
お彼岸の時期は季節の変わり目にあたり、なにかと体調を崩しやすいもの。そこで消化のいい蕎麦を食べて胃腸を整えましょうという生活の知恵から生まれた風習が「彼岸蕎麦」です。
実際に蕎麦粉の成分を見ると、脳出血など出血性諸病の予防になるルチンや便秘をやわらげコレステロールの増加を抑える食物繊維が含まれています。
3-3. 彼岸花
彼岸花(曼珠沙華)の群生地。写真は埼玉県日高市の「巾着田(きんちゃくだ)」
お彼岸の時期に墓地周辺に咲く彼岸花は、全草有毒植物。地面から葉よりも先に花茎だけを伸ばし、花を咲かせる特異な咲き方が不吉なイメージを呼びました。
また「天上の花」を意味する仏教用語の「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」という美しい別名にも死のイメージがまといつくのは、「天上=あの世」と解釈されているからです。彼岸花の名は、花の咲く時期がお彼岸前後であることと、葉よりも先に花が咲く特異な咲き方、有毒植物であることなどに由来します。
4. 関連用語解説
ここでは、お彼岸にまつわる用語の解説をまとめています。
お彼岸の意味・由来・風習のおさらいにどうぞ。
●彼岸
西方浄土、極楽浄土。仏教では、阿弥陀如来が治める極楽浄土は西方の遥か彼方にあると考えられている
●彼岸入り
彼岸の初日
●彼岸明け
彼岸の最後の日
●秋分の日
「昼と夜の長さが等しくなる日」。『暦象年表』で計算するため年によって違う
●春分の日
「昼と夜の長さが等しくなる日」。『暦象年表』で計算するため年によって違う
●波羅蜜(パーラーミター)
梵語(サンスクリット語)の「至彼岸(とうひがん)」。迷える此岸(しがん)=現世から、彼方にある悟りの岸(彼岸)に到達すること
●中日
お彼岸の日程7日間の真ん中の日。仏教では「偏りのない考え方=中道」を表す
●日迎え・日送りまたは日の供
地方に残る太陽信仰の風習。朝は東の、日中は南の、午後は西の社寺やお堂に参拝する
●日天観(にちてんがん)
長野に残る太陽信仰の風習。春分・秋分の日に小高い山に登り、一日中、太陽を追って五穀豊穣を祈る
●社日(しゃにち)
暦でいう雑節(ざっせつ)のひとつで秋分・春分に近い「戊(つちのえ)の日」のこと。由来は唐の国の「社=土地の守護神」を祀る祭日
●曼殊沙華
彼岸花の別名。梵語(サンスクリット語)の「天界の花」。天上に咲く曼殊沙華の白い花びらが地上に舞う様子を見ると悪業から逃れられる
まとめ:お彼岸を供養と感謝の日に
なんとなく縁遠かったお彼岸が、実は古くからの農耕儀礼や風習と仏教行事が結びついた日本独特の文化であり行事だったというのはビックリですね。でも、せっかくの機会です。お彼岸には、故人やご先祖様を敬い供養すると共に稲の実りを中心とする農作物の恵みにも感謝したいものです。
Text:morokoshi Edit:Erika Nagumo
参考文献:
『仏教の常識としきたり』(大法輪閣編集部 編/大法輪閣 刊)
『ご先祖さまとのつきあい方』(一条真也 著/双葉社 刊)
『年中行事読本』(岡田芳朗・松井吉昭 著/創元社 刊)
『365日、暮らしのこよみ』(井上象英 著/学研プラス 刊)
『知っておきたい 日本の年中行事事典』(福田アジオ・菊池健策・山崎裕子・常光 徹・福原敏男 著/吉川弘文館 刊)