たぬきの置物で有名な信楽焼(しがらきやき)は、滋賀県南部の甲賀市信楽町で作られています。
NHK連続テレビ小説『スカーレット』の主人公のモデルとなった、女性陶芸家の草分け・神山清子氏が活躍した場所としても知られる信楽。
この記事では、信楽焼の特徴や魅力、歴史などをご紹介していきたいと思います。
信楽焼に使われる土や釉薬について
信楽町のあたりには、約260万年前までは琵琶湖(古琵琶湖)があったと考えられています。湖底だった場所には土砂や動植物の残骸が堆積した「古琵琶湖層群」という地層があり、そこに周囲の山から流失した花崗岩由来の砂などが堆積したことで、白い「蛙目(がいろめ)粘土」や黒い「木節(きぶし)粘土」などの信楽焼に使われる粘土ができました。
複数の粘土などを混ぜ合わせてできる信楽の土は、珪石(けいせき)や長石(ちょうせき)などを含んだ粗い土質と耐火性が特徴です。成形しやすいので、大きいものを作るのにも向いています。
明山窯の「古信楽 角プレート 緑釉」。長石が溶け白いガラス状の粒となった「あられ」や、長石が爆ぜた跡の「石ハゼ」などは、信楽焼ならではの器の個性(写真提供:明山)
信楽焼の見た目には、どんな特徴がある?
信楽の土に含まれる鉄分は、窯の中に酸素が充分あると「酸化」し、炎が当たった部分に「火色」(緋色)と呼ばれる赤みが出ます。
また、1250度から1300度くらいの高温で焼かれると、窯の中で薪の灰が土の中の長石とくっつき、まるで釉薬を使ったような青緑・黄緑色のガラス状に変化。この状態を「ビードロ釉」(自然釉)と呼びます。
ほかにも、窯の中に溜まった灰に埋まった部分が黒褐色へと変化した「焦げ」など、信楽焼の見た目には様々な特徴があります。
信楽焼には釉薬をかけない「焼き締め」のイメージがりますが、現在では、明治時代に信楽で開発された釉薬「なまこ釉」以外に「灰釉」や「鉄釉」などの釉薬が使われることもあります。
火色(緋色)が出た信楽焼の壺
淡い緑色の自然釉がかかった「一重口水指 銘 柴庵(ひとえぐちみずさし しばのいおり)」。安土桃山~江戸時代・16~17世紀。重要文化財(出典:国立博物館所蔵品統合検索システム|一重口水指 銘 柴庵)
信楽焼はどんな用途に使う?
信楽焼は、たぬきの置物からマグカップ、浴槽まで、幅広い用途に使われています。かつては、実際の用途以外で使われることもありました。
例えば、中世に作られた小さな壺は、人間がうずくまっているように見える姿から「蹲(うずくまる)」と呼ばれ、茶人に花入れとして使われるように。
「鬼桶(おにおけ)」は麻の繊維などで作った糸を入れておくための桶ですが、茶人によって水指として使われるようになりました。
他にも、国会議事堂の屋根部分のテラコッタなど、意外な場所で活躍しています。
①信楽焼のたぬき ②国会議事堂の屋根
③蹲花入(うずくまるはないれ)。室町時代・15世紀(出典:国立博物館所蔵品統合検索システム|蹲花入)
④鬼桶水指。正面には黄緑色の自然釉がかかっています。室町時代・16世紀(出典:国立博物館所蔵品統合検索システム|鬼桶水指)
2. お手入れについて
初めて使う時:目止め
信楽焼は陶器で、釉薬を使わないものも多いため、吸水性のある器が多いのが特徴。初めて使う時は、米のとぎ汁につけて10~20分ほど弱火で煮沸(目止め)すると、料理の色やにおいがしみこみにくくなったり、ひび割れを防いだりすることができます。
普段使う時:水にくぐらせる
ふだん使用する際も、さっと水にくぐらせると、状態を保ちやすいです。
使った後:早めに洗い乾燥させる
食事の後はつけ置き洗いはせず、早めに洗うことをおすすめします。また、半乾きだとカビや黒ずみが発生することもあるため、しまう時には、よく乾燥させるようにしましょう。
陶器を重ねて収納する場合、間に紙や布などをはさむと傷や湿気を防げます。土鍋は底が濡れたまま火にかけると、割れやひびの原因になるので、ご注意ください。
3. 信楽焼のたぬきはなぜ縁起物? なぜ有名になった?
信楽焼たぬきが持つ8つの縁起物
たぬきの置物は、金運に効果ありの「金袋」、災難除けの「笠」など、8つの縁起物(「八相縁起」)で構成されています。語呂合わせで「他を抜く」という意味もあり、商いをする人に人気のアイテムです。
信楽でたぬきが作られるようになったのは、昭和の初めに、京都の清水で修業していた「狸庵(りあん)」の初代・藤原銕造(ふじわらてつぞう)が移り住んだのが始まり。竹林でたぬきたちが踊っているのを見て、たぬきの置物を作ろうと思い立ったのだとか。
1951(昭和26)年に昭和天皇が信楽を訪問された際には、日の丸を持った巨大なたぬきの置物が沿道でお出迎え。その姿をご覧になった陛下は歌を詠まれ、全国に信楽のたぬきが知られるようになりました。
4. 信楽焼の歴史
日本六古窯と呼ばれる、焼き物の名産地
中世から作陶が続く「日本六古窯」の1つ
信楽の陶芸の原点は8世紀中ごろ。聖武天皇が紫香楽宮(信楽宮)に約3年遷都した際、瓦や須恵器が作られていたことが発掘調査で明らかになりました。
常滑焼(とこなめやき)に影響を受け、本格的に信楽焼が作られ始めたのは鎌倉時代半ばのこと。信楽焼は、信楽より前から焼物作りが始まっていた越前・瀬戸・常滑・丹波・備前とともに、「日本六古窯(ろっこよう)」のひとつに数えられます。
茶人に愛された「わび」「さび」を感じさせる器
信楽では、農民が使う壺・すり鉢・甕(かめ)を穴窯で生産していました。室町時代後期には、信楽焼の素朴さとビードロ釉などの自然な美しさを気に入った茶人が、通常の使い方ではなく、水指(みずさし)などお茶の道具として使用するようになります。
桃山時代から江戸時代初期にかけては、日用品の転用でなく、茶人が注文したオリジナル茶陶も作られるようになりました。
袋形水指(ふくろがたみずさし)。江戸時代・17世紀(出典:国立博物館所蔵品統合検索システム|袋形水指)
一躍、火鉢の一大産地に
江戸時代になると登り窯が登場し、生活雑器の大量生産が始まります。また、釉薬を使った陶器も作られるように。茶壺が将軍家御用達になったことで、大名からも注文が入るようになります。
明治時代に火鉢の代表的な釉薬である「なまこ釉」が開発され、昭和初期には信楽で全国シェアの8割以上の火鉢を生産していました。
現在は、食器や花器、たぬきの置物など普段使いの陶器がメインで作られる信楽焼。中世の古信楽を追求する窯元も一部あります。
山文製陶所(やまぶんせいとうじょ)で作られているなまこ釉の火鉢。山文製陶所は、信楽で今も火鉢を作り続けている唯一の窯元です(写真提供:山文製陶所)
おわりに
これまで、信楽焼の特徴と魅力、お手入れ方法、歴史などについてご紹介してきました。
信楽焼は伝統的な焼き物ですが、光を通す陶器「信楽透器」やデザイン性のある超薄型陶器「KIKOF」の開発、スタバとのコラボなど、新しい試みも行われています。
記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ一度信楽へ出かけてみてください。
Text:柿生亜実
WEBライター。神奈川県出身。神奈川県出身。コンピューターメーカーに15年勤務した後、フリーライターに。旅行関連の執筆が得意。旅、ママチャリでのサイクリング、海外ドラマ・アート・音楽鑑賞が趣味。海外は22カ国、国内は30数都道府県に訪れた経験あり。図書館司書の資格を活かしたリサーチ力が武器。『さんたつ』公式サポーター。執筆業の傍ら、絵を描くことも。2007年にはノートで知られるイタリアの製紙会社・モレスキンによる旅行記コンペ「モレスキン・トラベルブック・コンペティション」にて優秀賞を受賞するなど、絵描きとしての実績もあり。
Edit:Erika Nagumo
Photo(特記ないもの):PIXTA/編集部
参考書籍/webページ/動画:
・那須田 淳『緋色のマドンナ』(ポプラ社)
・陶工房編集部『やきものの教科書 基礎知識から陶芸技法・全国産地情報まで』(誠文堂新光社)
・大槻倫子『日本のやきもの 信楽 伊賀』(淡交社)
・神崎宣武『47都道府県・やきもの百科』( 丸善出版)
・MORE TRAVEL GUIDE BOOK 10『器を訪ねる旅: 憧れの器を探しに陶芸の故郷へ』(集英社)
・『なごみ 1999年8月号』(淡交社)
・『琵琶湖ハンドブック三訂版』(滋賀県 琵琶湖環境部 琵琶湖保全再生課)
・『陶 信楽窯場技術試験場情報誌 第9号』
・『地質ニュース 421号』日本の陶土を訪ねて その5 信楽焼(滋賀県)
・信楽焼|伝統工芸 青山スクエア
・【信楽焼とは】生活に溶け込み、馴染む、信楽焼|水玄京
・信楽焼 生き残りかけ進化 斬新デザイン続々 スタバと共同開発も|産経新聞
・光を透す信楽焼とは!チャレンジ精神で信楽焼の可能性を広げる窯元『艸方窯』【滋賀経済NOW】2024年3月2日放送|びわ湖放送
・女性陶芸家の草分け、神山清子作品の質感や温かみ感じて 24日まで、信楽図書館で展示|中日新聞社
・神山清子|Wikipedia
・信楽豆知識|信楽町観光協会
・信楽焼の【狸の置物】はなぜ滋賀県に多いのか?|美術品 骨董品 日晃堂
・藤原康造さん【信楽焼職人】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
・古狸菴窯作 信楽焼きたぬき 5号手作り福々狸 陶器タヌキ しがらきやき[tt-0123]|まるいち本店
・きっと恋する六古窯|日本遺産 ポータルサイト
・歴史街道~ロマンへの扉~ 滋賀・信楽町|歴史街道推進協議会
・「目止め」について|みんげい おくむら本店
・伝統工芸品の陶磁器の特徴と使い方|OMOTEWASHI JAPAN
・【陶器】茶碗などの食器が重なって(重なる)取れない時の対処方法|十五代臥牛窯
・やきもの|使い方、お手入れ手帖|cotogoto
・蹲(うずくまる):信楽の小壺
・鬼桶水指|文化遺産オンライン
・信楽焼の歴史|信楽焼と茶の湯文化特設サイト
・信楽焼 認定工芸士|日本の伝統工芸士
・マザーレイクの畔から
・信楽焼1|うつわ知新|京都知新MBS毎日放送
・信楽焼2||うつわ知新|京都知新MBS毎日放送
・益子焼、信楽焼…日本の焼き物図鑑【前編】|Discover Japan
・炎 多様な焼き物の生産を可能に 1300度の炎が生み出す信楽焼の魅力|信楽焼窯元 明山窯
・信楽焼・解説|穴窯焼成による信楽焼・織部-KOWARI TETSUYA
・伝統技術と斬新なデザインが融合した、陶器とは思えない薄さと軽さの器。KIKOF前編|colocal コロカル
・新たな道に挑戦する職人魂でデザイナーと協働する。KIKOF後編
・のぼり窯カフェ|信楽陶芸村
ほか