武家屋敷野村家の歴史
武家屋敷野村家の見所
まとめ
アクセス
周辺情報

豪華な日本庭園がある「武家屋敷野村家」。加賀藩の藩祖・前田利家が金沢城に入城し加賀百万石の礎を築く際に、直臣として利家につき従い野村伝兵衛信貞(のむらでんべえのぶさだ)の屋敷跡です。藩政時代、加賀藩の上・中級武士の屋敷があった長町界隈で唯一邸内を一般公開しており、庭園の美しさで人気を集めています。

フランスのミシュラン社が2009年3月に発行した観光地の格付けガイド「ミシュラングリーンガイド」の日本版で2つ星を獲得するなど、豪華な庭園は国内外から高く評価を得ています。

今回は、そんな武家屋敷野村家の歴史と見どころを紹介します。

武家屋敷野村家の歴史

天正11年(1583年) 藩祖 前田利家が金沢城に入城し加賀百万石のいしずえを築く際、直臣として従った加賀藩士「野村伝兵衛信貞」。野村家は、主君が乗った馬の周りを警護する馬廻衆(うままわりしゅう)の組頭や各奉行職を歴任してきた代々続いた由緒高い名家です。

優美な庭園には、様々な形の灯籠や橋が置かれ、樹齢400年以上の山桃の木は金沢市の保存樹に指定されています。

藩政期の土木技術が活かされた造りになっており、大野庄用水から下段の水に取り込まれた曲水や、上段の池からの落水を受けて再び用水に戻る造りは、奥行きのある空間を形成しています。この見事な庭園は2003年、米国で発行されている庭園専門誌「ジャーナルオブジャパニーズガーデン」で日本庭園ランキング3位に選ばれました。

武家屋敷野村家の見どころ

豪華な庭園が自慢の武家屋敷野村家は、ほかにも様々な見どころがあります。

玄関・甲冑


武家屋敷野村家の玄関

玄関を入るとすぐ目の前に甲冑が展示されています。この甲冑は能登末森城の戦い(1584年)で野村伝兵衛が実際に着用したものです。この戦いで野村伝兵衛は一番槍を果たし、利家より感状を授けられ、千石の加増(領土)を申しつけられました。

庭園


優雅に池を泳ぐ鯉

庭園は決して広くはないですが、日本庭園の素晴らしさを感じさせる重厚な造りになっています。木や橋などが巧みに配置され、庭園全体が厳かで落ち着いた雰囲気です。

樹齢400年以上で金沢市の保存樹に指定されている「山桃の木」や庭園内13基ある灯籠の中で最も大きい「大雪見灯籠」、長さ約2メートルの「大架け橋」、そして奥の間からすぐに見えるスタジイという種類の樹齢400年を超える「シイの木」などの古木が美しく配置されています。

縁側からの眺めは、全体のバランスと緻密な構図が息を飲む調和を生み出し、加賀文化の奥深さが感じられる事でしょう。

また、濡れ縁にせまる曲水や落水の立体的な水の流れが優雅な時を演出し、空間全体をまとめ上げています。

書院造りの部屋


書院造りの部屋

書院造りとは近世に造られた、「書院」と呼ばれる建物を中心とする住宅の様式のことで、寝殿造りを母体とし主殿造りを経て発達し、現代の和風建築の基本となりました。

書院造りの部屋の先には「上段の間」と「謁見の間」があります。これらは、藩政時代北前船として樺太、蝦夷に通商し藩政を支えた加賀支藩の大聖寺藩下の豪商・久保彦兵衛が大聖寺藩主を招くために造った豪邸の一部を移築したものです。

総檜造りの格天井で、狩野派の佐々木泉景の描いた襖もある上段の間や加賀藩のお抱えの絵師によって描かれた山水襖絵など、豪華な内装をじっくり鑑賞することができます。

茶室「不莫庵」


二階の不莫庵からの眺め

石の階段を登った先にある、2階の「不莫庵」では、庭園を眺めながら抹茶300円(お菓子付き)がいただけます。風情ある茶室から眺める庭園も格別で、お抹茶と共に2階からの眺めも楽しめるのでおすすめです。

美しい庭園が自慢の武家屋敷


豪華な庭園は必見

由緒正しい野村家の武家屋敷は見所も多く、豪華な庭園は必見の観光スポットです。ぜひお茶室でお抹茶とともに、2階からの庭園の眺めも味わってみてください。

また、展示資料館「鬼川文庫」が併設されており、野村家伝来の様々な資料や作品はもちろん、明智光秀や朝倉義景の書状なども展示されています。時間の許すかぎり、古き良き江戸時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

武家屋敷野村家へのアクセス

最寄駅:金沢駅

小松空港からのアクセス

【小松空港】ー 北陸鉄道バス / 金沢方面
→【金沢駅】
路線バス・北陸鉄道バス/ 香林坊方面
→ 【香林坊】 → 徒歩(約5分)

金沢駅からのアクセス

【金沢駅】ー 路線バス・北陸鉄道バス/ 香林坊方面
→ 【香林坊】 → 徒歩(約5分)

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