「田んぼ」という言葉を聞いて、どんな光景を思い浮かべますか?きっと、田舎の地平線いっぱいに広がる新緑色や黄金色の平らな田んぼを思い浮かべたのではないでしょうか。
実は、日本全国には険しい斜面を切り開いて作られた田んぼが多数あります。その名も「棚田」。近年CMのロケ地で有名になった場所もあり、観光地として人気を集めているスポットです。
ところで、なぜそんな斜面に多くの棚田が作られたのでしょうか。今回は棚田の歴史や役割に加えて、棚田遺産認定の絶景棚田、ライトアップされたロマンチックな棚田を紹介します。
そもそも棚田とは
1340もの田んぼが重なる三重県の丸山千枚田
棚田とは、山地の傾斜を平面に切り開いて形成した田んぼのこと。山の上から階段状に田んぼが並ぶ光景を眺められます。たくさんの田んぼが一面に広がる光景から別名「千枚田」とも。傾斜地を切り開いて畑作が行われている場合は「段々畑」と呼ばれます。
世界遺産に登録されている春日集落
世界中の美しい棚田の中で、4つの棚田が世界遺産に登録されています。長崎県平戸市に位置する「春日集落」もそのうちのひとつ。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産として、江戸時代から隠れキリシタンが築いてきた棚田が今なお残っています。
棚田はなぜ作られたの?棚田の歴史
石垣で築かれた佐賀県唐津市に位置する蕨野の棚田
棚田の発祥は古墳時代(6世紀〜7世紀)ごろといわれていますが、棚田が各地で見られるようになったのは江戸時代以降。各地で急激な人口増加が起こる一方、平野部の農地の多くは既に水田として使われていたことから、傾斜地に棚田の形成が本格的に始まりました。
各藩の石垣構築技術は棚田の形成を促した技術。棚田を作る際、少しでも平らな土地の面積を増やすべく、断面が険しくなるように傾斜地を形成しました。そのため、お城で使うような頑丈な石垣で壁面を補強。石垣で作られた棚田は平野部の少ない西日本を中心に見られます。
棚田のメリットとデメリット
メリット
これまで稲作ができなかった傾斜地での米作りを可能にした棚田。お米を育てる上で、棚田のメリットは2つあります。
上から下へと水が流れていく棚田
1つ目は風通しのよさ。
風が抜ける山地にあることで、平野部よりも風通しがよく、害虫が発生しにくいのが特徴です。
2つ目は水回りのよさ。
棚田の水は上の田んぼから下の田んぼへと流れていく仕組みになっているので水を効率的に使用することができます。
棚田米の美味しさのワケ
棚田で収穫されたお米として販売されている「棚田米」。棚田で収穫されたお米は甘みが抜群で非常に美味しいとされています。
なぜ棚田米は美味しいのでしょうか。美味しさを生む作り方の秘密は5つあります。
斜面に位置する棚田は日の入りギリギリまで日光が当たる
1つ目は日当たりのよさ。
斜面に位置することから日の出、日の入り時も日光がよく当たることから、棚田に日が当たる時間が長くなります。太陽をじっくり浴びたお米はすくすくと成長していくのです。
棚田に用いられる清潔な水
2つ目は棚田に張られる水の清潔さ。
高所に位置する棚田には山の雪解け水や湧水を使用します。水源に近い水は汚れが少なく、非常に清潔。そのため水分中に多くのミネラルを含みます。
3つ目は棚田の稲は平たい田んぼに比べて根を深く張ること。
棚田の稲は地中の奥深く約2~3mまで根が伸びるので、地中のミネラルをたくさん吸収することができます。
朝もやのかかる星峠の棚田
4つ目は棚田が立地する山間部の気温差。
棚田は標高の高い場所に位置するため、昼夜の気温差が大きく、棚田の水温も影響を受けます。水温の変化は稲をじっくりと生育。そのためお米の身が引き締まり、甘みが強くて美味しいお米へと成長するのです。
天日干しされた稲が並ぶ長野県千曲市の姨捨の棚田
5つ目は天日干し。
一般的にお米は収穫後、機械で乾燥されます。機械乾燥は短い作業時間で済むものの、お米が傷つき、品質低下の原因に。
一方、棚田が位置する場所は高所で面積が狭いことから、乾燥のための機械の導入が非常に困難。そのため棚田米の乾燥方法の主流は古くからの天日干しです。
2週間ほどかけてじっくり太陽の力で乾燥させることで、棚田米はしっかりとした形でつやつやに。天日干しのお米の方が機械乾燥のお米よりも美味しいといわれています。
周囲にもたらす効果
周囲の自然にも大きな役割を果たす棚田。その役割は大きく2つに分けられます。
棚田で見つめ合うカルガモ
1つ目は治水の役割。
大雨が降った際、棚田は山頂から流れる雨水を貯める役割を果たします。いわば、小さなダムのような姿に。山頂から平野部に急激に雨水が流れ、洪水が起こるのを防ぎます。
2つ目は生態系保存の役割。
棚田の周りにはタガメ、ゲンゴロウ、トンボなどの水生昆虫や、カエルやイモリなどの両生類がたくさん生息します。それらをエサにするキツネやノウサギも多数生息。日本で最後の野生のトキが寝床を作っていたとされているほど、棚田の生態系は豊かなものとなっています。
デメリット
大型機械の導入が難しい棚田
棚田の最大のデメリットは作業効率の悪さ。
斜面に位置し、田んぼの1区画あたりの面積が狭いことから機械の導入が難しくなっています。生産性の低さから近年増加してしまっているのが棚田の耕作放棄地。高齢化や過疎化による後継者不足も棚田の耕作放棄を加速させています。
放棄された棚田は徐々に自然の力の餌食に。雑草が生い茂ることで、土嚢が柔らかくなり、棚田としての形態を維持できなくなります。一度崩壊した棚田を元の形に復旧するのは非常に困難で、美しい棚田の衰退が近年問題となっています。
棚田の色とりどりな1年間の様子
棚田は米作りの過程に合わせて、四季折々の情景を見せてくれます。
2~4月
年が明け、春の訪れを感じ始める時期に迎えるのは農作業の始まり。静寂に包まれていた棚田に活気が訪れ始めます。
春の訪れを迎えた京都府伊根町、新井の棚田
まずは2月ごろに、棚田の土を掘り起こすことで、冬の間眠っていた土深くの養分を呼び起こす田起こしを行います。
3月に実施するのは去年傷んでしまった棚田の土手を補修する畦切り(あぜきり)。畦を半分切り崩し、ひび割れてしまった畦から水が漏れてしまわないように土で固めていきます。
代掻きによって田植えができる土壌にする
4月には棚田に水を初めて入れる代掻き(しろかき)を迎えます。棚田に水張りをした後、土をかき混ぜて泥状にしていくことで田植えができる状態にしていきます。
5~9月
手押し式で田植えを行うところも棚田には多い
5月になると、いよいよ迎える田植え本番。機械の導入の難しい棚田では、手押し式の田植え機など手作業で田植えを行う所も多くあります。
この時期から棚田一面に広がる新緑色の絶景は観光スポットとして近年注目されています。
10月
黄金色の絶景が広がる長野県上田市に位置する稲倉の棚田
棚田が一面の美しい黄金色の風景に変わる10月。棚田は収穫の時期を迎え、稲刈りが行われます。
収穫後に見られるのは稲の天日干し。棚田では機械化により珍しくなった伝統的な光景を目にすることができます。
11~1月
雪化粧に包まれた京都府伊根町、新井の棚田
米作りが終わり冬が訪れる11月から1月にかけて、棚田は来年の米作りに向けて休息。一見殺風景に思われる時期ですが、雪景色や霜に包まれた幻想的な棚田を見ることができます。
棚田遺産認定の絶景棚田2選
棚田遺産とは農林水産省が美しい棚田の伝統を残そうと選定した棚田のこと。棚田遺産に認定された絶景が望める棚田を2つ紹介します。
星峠の棚田
棚田に張られた水が鏡のように一面に広がる水鏡
1つ目は、新潟県十日町市に位置する「星峠の棚田」。最大の見どころは棚田に張られた水が鏡のように一面に広がる「水鏡」です。春は雪解けから6月、秋は10月後半から雪が降り始めるまでが見頃。棚田の周りの豊かな自然と水鏡に反射する太陽が美しい調和を奏でます。
早朝にだけ見られる棚田が雲海に包まれた姿
棚田が雲の海に包まれる雲海も幻想的な光景の一つ。朝日と棚田を包む雲海が神秘的な雰囲気を醸し出します。1年間の中で美しい雲海を見られるのは6月下旬と9月の天気が良い早朝だけ。
【星峠の棚田 基本情報】
住所:新潟県十日町市峠1513(棚田にあるお手洗いの住所)
アクセス:
①電車
北越急行ほくほく線「まつだい駅」からタクシーで約20分
②車
関越自動車道「六日町IC」より国道253号線を車で約1時間
北陸自動車道「上越IC」より国道253号線を車で約1時間
駐車場:普通車20台
※冬季(11月中旬〜4月下旬)は積雪のため車両の進入不可。トイレも使用不可。
公式サイト:十日町市公式Webサイト
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姨捨の棚田
善光寺平を背景に黄金色の絶景が広がる
2つ目は、長野県北部の千曲市に位置する「姨捨の棚田(おばすてのたなだ)」。姨捨の棚田の特徴は大小2,000枚にも及ぶ棚田と背景に広がる善光寺平の雄大な光景です。
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善光寺平の夜景と調和する姨捨の棚田
夕暮れの時間になると夕日に照らされた姨捨の棚田は鮮やかなオレンジ色に。夜になるにつれて、善光寺平の市街地には明かりが付き始め、棚田から善光寺平の夜景を楽しめます。
【姨捨の棚田 基本情報】
住所:長野県千曲市大字八幡字姨捨
アクセス:
①電車
JR篠ノ井線「姨捨駅」より徒歩約10分
②車
長野自動車道「更埴IC」より車で約15分
長野自動車道「姨捨スマートIC(ETC専用)」より車で約10分
駐車場:
姨捨観光会館(駐車料金無料)約50台
新雲井橋近くの駐車場( 駐車料金無料 )約30台
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幻想的な棚田ライトアップ厳選2選
最後に紹介するのが、近年話題を集めている幻想的な棚田のライトアップ。昼間の田園風景とはまた違った景色を見せてくれます。その中でも、おすすめの2つの棚田を紹介します。
大山千枚田
ライトアップされた幻想的な大山千枚田
東京からも行きやすい、千葉県鴨川市に位置する「大山千枚田」。毎年10月から1月にかけて開催され、約1万本ものLEDが棚田をライトアップします。ライトアップは15分ごとにオレンジ・青・緑・紫と鮮やかに変化。昼間には見ることができない光り輝く棚田の姿を見ることができます。
【大山千枚田 基本情報】
住所:千葉県鴨川市平塚540
アクセス:
①電車・バス
JR外房線「安房鴨川駅」から日東バス(長狭線・金谷線)で約15分。
「大山千枚田入口」バス停から、徒歩約20分。
②車
館山自動車道「鋸南保田」ICより約20分
駐車場:20台
公式サイト:鴨川市公式Webサイト
白米千枚田
約2万5,000個ものLEDに照らされた白米千枚田
石川県輪島町に位置する「白米千枚田(しろよねせんまいだ)」。毎年10月から3月にかけて約2万5,000個ものLEDが棚田を美しく照らします。海に臨む断崖に位置する棚田がライトアップされた姿は実に神秘的。四季を表す、緑、ピンク、金、青の4色のライトアップが15分ごとに移り変わる姿は観に来る人々の心を動かします。
【白米千枚田 基本情報】
住所:石川県輪島市白米町ハ部99番地5
アクセス:
①電車・バス
のと鉄道「穴水駅」から北鉄バス(穴水輪島線)で約30分。
「輪島駅前」バス停で乗り換え。
「輪島駅前」バス停から北鉄バス(町野線)で約20分。
「白米千枚田」バス停下車。
②車
能越自動車道「のと里山空港IC」より約40分
駐車場:51台
公式サイト:輪島市Webサイト
周囲の自然と共生しながら受け継がれてきた棚田
今回は棚田の持つ役割や季節ごとに移り変わる風景に加え、訪れた人を圧倒する絶景の棚田や幻想的に照らされた棚田を紹介しました。
棚田には伝統的農法を始めとする農業に携わる人々が築いてきた趣深い文化が今なお残っています。四季折々で訪れる人の心を動かす棚田の絶景。豊かな生態系と共生して受け継がれてきた美しい棚田の原風景を一度は見てみてはいかがでしょうか。