四季折々に美しい姿を見せてくれる日本では、本格的な夏の前にやってくる梅雨の時季にしか見られない風景があります。
それは、清らかな水辺で、淡い光を点滅させながらふわふわと闇の中を舞う「ホタル」の姿。繊細な生き物であるホタルは、条件が揃っていないとその美しい光景を見ることができません。
今回は、宮城県在住ライターが、県内のホタル観賞スポットやホタル観賞時のマナー・注意点などを、体験レポートを交えながら紹介していきます。
※この記事に掲載の情報は2019年10月時点のものです。諸事情により変更となる場合があるため、お出かけの際はご自身で最新の情報をご確認ください
1. 宮城県内のホタル観賞スポット6選
宮城県にはホタル生息エリアが多数残る
自然が豊かな宮城県内には、ホタル観賞に適したエリアやスポットがたくさんあります。宮城県内に住まう地元ライターがおすすめする、ホタル観賞スポットをご紹介します。
いずれもホタル観賞が毎年行われているような場所で、整備されているため気軽に足を伸ばせますよ。
【登米市東和町】鱒渕川(まずぶちがわ)
鱒渕川の様子
宮城県登米(とめ)市東和町のゲンジボタルは、山あいの鱒渕(ますぶち)軽米地区の鱒渕川に群生し、集団発生の北限の地として1979年に国の天然記念物に指定されています。
民家の集落の中を流れる河川にホタルが生息しているという環境は全国的にもめずらしく、動物生態学者から希少価値の高い棲息地と太鼓判を押されているほど。
人の手が入らない自然生息のため天候によって発生数は左右しますが、多いときには300匹以上のホタルが飛び交う様を見られ、幻想的な世界へ私たちを誘ってくれます。
以前の鱒渕川は大雨が降ると鉄砲水となり、ホタルの幼虫の主食であるカワニナが流出していました。これを防ぐため河川バイパスを整備しホタルの保存活動を強化していたことから、1989年には環境庁より「ふるさといきものの里100選」に選定されています。地域の人々は「ホタル保存会」を結成して地域の自然環境が汚染されないように精力的な活動を続けています。
その活動のひとつとして、夜に観賞地近くを通過する車のライトからホタルを守るため、観賞地一帯の道路沿いや駐車場に高さ2mほどの暗幕を張り巡らせ、生息地に光が当たらないようにしています。
保存会本部のテント中にあるホワイトボードにはその日の気温や発生数が記録されている
鱒渕川へホタル観賞に行く際、近くにはコンビニもないため、軽食や飲み物を持参していくのがおすすめです。観賞シーズンには当番の方が待機し、駐車場まで案内してくれます。
⚫︎関連サイト:
生命を育む水の里|登米市
【仙台市青葉区】定義ホタルまつり
「定義(じょうぎ)ホタルまつり」は、宮城県仙台市青葉区の定義如来西方寺で毎年7月初旬に開催されるホタルイベントです。7月1日~15日の期間は、門前参道の街灯が消され、ホタル観賞ができます。
定義如来西方寺は800年の歴史を持つ阿弥陀如来。一生に一度の大願も叶うと信仰され、参拝客の絶えないスポットです。環境汚染などにより一度は定義の里から姿を消したホタルですが、地域住民の地道な努力で復活しました。
【2024年開催情報】
⚫︎日程:2024年7月6日(土)
⚫︎時間:17:00〜21:00
⚫︎場所:門前「はやとみ」駐車場(宮城県仙台市青葉区大倉上下7付近)
⚫︎公式サイト:定義ホタルまつり|大倉四季探検
【仙台市青葉区】新川ほたるの里
宮城県仙台市青葉区新川地区は仙台市中心部から車で30~40分。この地域には新川川(にっかわがわ)という美しい清流が流れ、ホタルの他にもカジカガエルやヤマメが生息しており、手つかずの大自然が残されています。観賞地の近くにニッカウヰスキー仙台工場があることでも有名です。
例年7月の初旬にほたる祭りを開催するほか、ホタルがよく見られる期間は「観賞週間」とし、受付を設置し、訪れた観光客をホタル観賞ポイントまでスタッフが案内してくれます。
⚫︎関連サイト:新川ほたるの里情報ページ
【宮城県仙台市】坪沼八幡神社
仙台市太白区に位置する坪沼八幡神社は、仙台でもっとも古い八幡神社です。平安時代に源氏が厚く信仰したことから、必勝祈願の地としても有名。主祭神は応神天皇です。
ホタルは神社の周辺で見ることができます。地元有志の人たちが蛍の生息を守るために田んぼの手入れなどを行っています。例年6月に平家琵琶の演奏と、蛍の鑑賞を楽しむイベント「ほたると平家琵琶の夕べ」を開催しています。
⚫︎関連サイト:
坪沼八幡神社
蛍の故郷 坪沼八幡神社〜ほたると平家琵琶の夕べ〜(2019年)
【宮城県大崎市】南原ホタルの里(鳴子温泉)
温泉地で有名な宮城県大崎市の鳴子郷中山平。その国道47号の南側に南原の豊かな田園地帯が広がります。夏になると、その澄んだ水で育つホタルの群舞が観られます。
なかでも南原堤は、全国でも珍しいゲンジホタル・ヘイケボタルの2種の共生域です。ヒメボタルも生息しています。
⚫︎関連サイト:-
【宮城県角田市】高蔵寺ホタルの里
自然豊かな山里にある国指定重要文化財の勝楽山高蔵寺(こうぞうじ)。
この高蔵寺に建つ阿弥陀堂は、宮城県最古の木造建築で1177年の建立と伝えられています。平安時代の建造物は全国でも26カ所しか残っておらず、東北地方では、平泉の中尊寺金色堂、福島県白水の願成寺阿弥陀堂とともに現存する数少ない貴重な文化遺産です。
高蔵寺と旧佐藤家住宅及びその周辺の農村公園や入の坊滝までの区域を中心に、高蔵寺ホタルの里づくり事業が実施されています。
例年6月下旬には「高蔵寺 ホタルまつり」を開催。地域のボランティアによるホタルの生息しやすい環境整備や啓蒙活動、ホタルの幼虫の飼育活動の一環として、コンサート、ホタルのお話し会、地域の食のおもてなし、ホタルの観賞会などが行われます。
⚫︎関連サイト:高蔵寺ホタルの里
2. ホタルの観賞時期
ホタルの仲間は日本国内で40種類以上、世界規模で2000種類以上にも及ぶそうですが、実はそのほとんどは光りません。夜の水辺でキレイに光りながら飛ぶ日本の「ゲンジボタル」や「ヘイケボタル」は世界的にもとても珍しいホタルなのです。
光るホタルとして名の知れている「ゲンジボタル」
観賞時期は一般的に、ゲンジボタルが5~7月、ヘイケボタルが6~8月と言われていますが、宮城県では例年6月下旬〜7月始めにかけてがホタル観賞のベストシーズン。それに合わせて「ホタルまつり」などのイベントが多く開催されています。
ホタル観賞に適した条件は?
ホタル観賞に適している時間帯は日が暮れた19時〜21時頃。月明かりがなく、気温や湿度が高く、風が無いなどの条件が揃うとホタルは活発に活動するといわれています。
3. ホタル観賞の注意点とマナー
鱒渕川沿いの駐車場にある「マムシ注意」の立て看板
①触れたり捕まえない
ホタルは絶滅の危機にあるといわれる希少な生物です。もし見つけても、手で触れたりせずそっと観賞して楽しんでください。羽化したホタルは寿命が短く、数日しか生きられません。子孫を残すために飛翔する姿を見守ってあげましょう。
②懐中電灯をホタルに向けない
暗闇の中では安全のために小さな懐中電灯があるとよいですが、照らすのは必要最小限に。光で互いのコミュニケーションをとっているホタルに、ほかから光を差し込むことは厳禁です。スマートフォンやカメラ、懐中電灯などの光はホタルに向けないようにしましょう。
③虫よけスプレーは使わないで
ホタルも「虫」ですから虫よけスプレーはホタルにも害を及ぼします。虫刺され対策には長袖のアウター等で工夫をしましょう。
④ヘビ(マムシ)対策を
ホタルが観賞できる里山の湿地は、ヘビ(マムシ)などの生息地でもあります。虫除けの意味でも、薄手の長袖長ズボンで危険に備えておくのがベター。足元はスニーカーやレインブーツなどの歩きやすいものが良いでしょう。苔の上や湿った草地は滑りやすく、ヒールの高い靴やサンダルで歩くのは危険です
⑤ゴミは持ち帰る
ホタルは、水がきれいなところでしか生きられません。川が汚れると住めなくなってしまいます。ゴミなどは必ず持ち帰ってください。
⑥静かに観賞しよう
ホタルが棲む地域はほとんどが静かな里山です。近隣に住む方々の迷惑にならないよう静かに観賞しましょう。
⑦時間に余裕を持って
初夏の宮城県の日暮れは19時頃。気象条件が良ければ日暮れから30分後ぐらいには一番ホタルが光りはじめますが、ホタル観賞は、時間にゆとりを持って日が暮れる前から観賞地で待つ、というのがおすすめです。
明るいうちにまずホタルが生息する里山の景色をのんびりと眺めてみましょう。きれいな小川のせせらぎに耳を澄まし、緑豊かな林で森林浴をし、大自然を満喫してください。
徐々に暗くなると、見慣れた景色の中に最初の1匹がまず光り出します。次第にその数が増えていき、最初に光ったホタルがすぅーっと羽ばたきます。
幻想的な情景を見るために守るべきこととは?
ホタルは貴重な生き物だということを忘れずに。マナーを守って気持ちよく夏の風物詩を楽しみましょう。
4. ホタル観賞が楽しくなる!プチ情報
ホタル鑑賞に出かけるときに知っていると、もっと楽しくなるプチ情報を集めました。ぜひ探してみてくださいね。
ホタルと一緒に見られる花「ホタルブクロ」
ホタル棲息地の道路脇に咲くホタルブクロ(仙台市太白区坪沼)
ホタルの観賞時期に合わせたように花をつけるホタルブクロ。キキョウ科の多年草で、名前の由来は、子どもたちが花の中に蛍を入れて遊んでいたことや、花の形が提灯(ちょうちん)に似ていることから提灯の古語「火垂る」にちなんだとも言われています。
源氏ボタルアイス
鱒渕川(ますぶちがわ)の流れている登米市の道の駅「林林館 森の茶屋」の珍名物。その名も「源氏ボタルアイス」。
パッケージがリアルで一瞬ドキっとしますが、中にはゴマアイスと一緒に、ゲンジボタルをイメージしたイラストが描かれたチョコが入っています。このイラストがツッコミどころ満載だと話題に。その真相は、ぜひ蓋を開けて確かめてみてください。
登米市の道の駅「林林館」で筆者が発見した「源氏ボタルアイス」(取材当時)
5. 坪沼八幡神社のホタルイベント参加ルポ
1000年の歴史ある神社
宮城県内のホタル観賞スポット6選のひとつに挙げた「坪沼八幡神社」は、仙台で一番古い八幡神社です。仙台の八幡神社といえば国宝に指定されている大崎八幡宮が有名ですが、それよりもさらに古く、約1000年の歴史を持つといわれています。
鎮守の森の風格を持つ坪沼神社正面参道の石段
鳥居越しに坪沼の里の景色が広がる
八幡神社には、家内安全・商売繁盛をはじめ、必勝祈願や心願成就のご利益があり、厄難や病などなどに打ち勝つ神様として厚い信仰がよせられています。また家庭円満や良縁の加護に加え、子供の守護に関わるご利益もあります。農業の神様でもあり、昔ながらの伝統や風習が数多く残っています。
春の例大祭では氏子総出の神輿渡御が行われるほか、夏には「蛍と平家琵琶の夕べ」で境内が賑わうなど、一年を通じて四季折々の行事があり、地域内外に広く親しまれています。最近は宮司の娘さんでもある若い女性の禰宜(ねぎ)が描くイラスト付きの御朱印が人気で、「ホタルと平家琵琶の夕べ」バージョンはイベント当日限定なのだとか。
当日限定の御朱印。イラストは坪沼神社の精霊「坪沼蛍太」
しとしと降る雨の中での開催
2019年で31回目となるホタルイベント「ホタルと平家琵琶の夕べ」に筆者が参加してきましたので、その様子をお伝えします。
開催日(6月29日)はあいにくの雨模様でしたが、開催時間が近づくと、雨具を着込んだ地域の方々がぞくぞくと集まってきます。「3カ月も前から準備してたしね」「雨でも仕方ねさ、梅雨だもの」。
そう、イベントの時期はちょうど梅雨のころ。2019年はとくに梅雨の始まりが遅く、また期間も長かったため、ホタル観賞が難しい年になってしまったのです。
「ホタルと平家琵琶の夕べ」では、ホタル鑑賞以外にもさまざまな企画を用意。露店も開かれ、地元住民手づくりの模擬店や坪沼産のとれたて野菜などがテント下に並び、雨音に負けない賑やかな売り声が響いています。
坪沼で収穫された新鮮な野菜たちが並ぶ
本来であれば日が落ちた頃に、ホタルを観賞しに生息地まで歩いて赴くというスケジュールでしたが、この日のイベントではあいにくの天気で、残念ながらホタル観賞は中止に。しかし、境内には、生息地まで行かずともホタルの様子を見られる工夫が施されていました。
「ホタルは心のお土産」と書かれたケージ。数匹のホタルが見える
こちらのケージの中に、数匹のホタルの姿が。時折光を放ちながら、悠々と舞っています。境内にはホタルの生態を説明したパネルが設置されているなど、ホタルについて学ぶことができる工夫も。
ケージの中で光るゲンジボタル
残念ながら野生のホタルには出会えませんでしたが、地元の人々が振る舞うおいしい手料理をいただきその温かさに触れながら、この日しか体験できないステキな思い出を作ることができました。
6. 古来より日本人に愛されてきたホタル
ホタルの明かりは日本古典にもたびたび登場
1000年以上も昔から日本人は自然の移り変わりを詩情豊かに感じ取り、文章や詩歌で表現したり生活の中に取り入れたりしてきました。「ホタル」は有名な日本の古典文学である『万葉集』や『源氏物語』の中にも多数登場しています。
『枕草子』では次の一節が有名ですよね。
夏は、夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。
意味は次の通り。「夏は夜がいい。月が出ているのは言うまでもない。月のない闇夜も、ホタルが多く飛び交うからやはりいい。また、多くなくともほんの一匹二匹がぼんやりと光って飛んでいくのも趣がある」
古くは平安時代から貴族による「ホタル見」や、江戸時代には庶民の「ホタル狩り」と称して、ホタル観賞は親しまれてきました。
現在も日本の各地でホタルまつりが開催されています。古き良き日本の風景と美しいホタルの舞う姿をぜひ体験してみてください。
おわりに:関東からも好アクセス!宮城県へホタル観賞に行こう
宮城県は「杜の都」仙台という呼び名に代表されるように、豊かな自然に恵まれたところです。都市部にも街路樹の緑があふれ、ちょっと郊外に出るだけで手つかずの大自然に出会えます。
今回紹介したホタルも、1980年頃には人里近くの川沿いや湿地で普通に見ることができ、電気を消して窓を開け放しておくと、点滅しながら家の中にホタルが入ってきたほど。時代の変化とともにその数は激減してしまいましたが、宮城県の地域の方々の努力によって、再びたくさんのホタルの飛び交うさまを見ることができるようになってきています。
ホタル観賞の注意点やマナーを守り、ホタル舞う日本の幽玄の世界へぜひ足を運んでみてください。