九州の最南端・鹿児島県には、薩摩半島と大隅半島に挟まれた「錦江湾(きんこうわん)」があります。錦江湾は鹿児島市、霧島市などの市街地に接する生活の海ですが、実は遠浅の干潟と水深200m以上の深海が同じに存在する、世界でも非常に珍しい海でもあります。
このような海がどうして誕生したのか、その魅力をどのように楽しめばよいのか、一緒に見ていきましょう。
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多彩な表情を見せる錦江湾
鹿児島県のシンボルといえば「桜島」。観光客だけでなく、鹿児島に住む人たちの中にも、そのような意識を持つ人は少なくありません。洋上に浮かぶ活火山はたしかに絵になる様ですが、実はその姿、「錦江湾(きんこうわん)」あってこそだとご存知でしたか?
錦江湾奥のシンボル「桜島」と桜島フェリー
錦江湾とは、鹿児島県から南に向かって突き出すふたつの半島に挟まれた海「鹿児島湾」のことですが、錦江湾は単なる桜島の引き立て役ではありません。特に桜島から湾奥にかけては、非常に珍しい地理的特徴や貴重な自然が残されており、専門家をはじめ多くの人に注目されています。こうした点が高く評価された結果、錦江湾奥は2012年3月に「霧島錦江湾国立公園」の一部に追加されることとなりました。
巨大噴火によって生まれた「錦江湾」
地図や衛星写真などで錦江湾奥を上から見ると、全体的に丸い形になっていることがわかります。実は、錦江湾奥は熊本県の阿蘇と同じ、巨大な「カルデラ」。約30,000年前の巨大噴火で地面が大きく陥没し、その結果誕生した直径20kmのカルデラに海水が流れ込んで錦江湾奥が形作られました。このような地形は「海域カルデラ」と呼ばれ、世界的にも大変珍しいそうです。
錦江湾奥は巨大なカルデラ地形
錦江湾奥のカルデラは大部分が海水に覆われていますが、カルデラ地形の一部は現在も陸地部分に残されています。そのひとつが、鹿児島市の北部から湾奥にかけての海岸線に続く急勾配の崖。これはカルデラ壁(カルデラ側面)の頂上付近です。また錦江湾奥の突き当たりにある霧島市沖合には、カルデラ壁の名残と言われる3つの小島「隼人三島(はやとさんとう)」も浮かんでいます。
自分の目でカルデラ壁を見たいという方は、ぜひ桜島の「湯之平展望所(てんぼうじょ)」を訪れてみてください。
湯之平展望所から見下ろすカルデラ壁
遠浅の干潟から深海まで
錦江湾の珍しい特徴のひとつが、湾の中に干潟と深海が同居していることです。
波が穏やかな湾奥に干潟ができること自体はそれほど珍しくなく、東京湾や有明海の湾奥にも干潟はあります。しかし錦江湾奥はカルデラ地形。もともとは海岸線のほとんどが切り立ったカルデラ壁で、川や潮流が運ぶ土砂が堆積するような浅瀬はほとんどありませんでした。しかし数万年にわたって川が土砂を運び続けた結果、やがて錦江湾奥にも広大な干潟が形成されていったのです。
現在、錦江湾奥で最大の干潟は、鹿児島市から車で20分ほどの「重富干潟(しげとみひがた)」です。干潮時には最大で30万㎡(東京ドーム6個分以上)にも及ぶ干潟は、錦江湾の水質浄化や生態系を維持するだけでなく、レジャーの場として人々にも親しまれています。
干潮時に広大な干潟が現れる
一方、錦江湾の「深さ」は他の地域の湾には見られない特徴です。たとえば東京湾の湾奥(内湾)の水深は平均15m。これに対して錦江湾奥の平均水深は70mで、霧島市や垂水市(たるみずし)の沖合には、なんと水深200mを超える深海もあります。
また霧島市の若尊(わかみこ)沖合には海底活火山があって、火山性ガスが常に噴き出しているとのこと。海面に泡がのぼる様子は、地元の漁師の間で「たぎり」と呼ばれているそうです。ちなみに海底火山の周辺では潜水艇による深海調査も行われていて、火山性ガスの硫化水素をエネルギー源とする「サツマハオリムシ」という珍しい生物も発見されています。
深海探査に使われた潜水
錦江湾は生活の海
鹿児島の人たちにとって、錦江湾は「生活の海」です。たとえば鹿児島市の鹿児島港と桜島港の間には「桜島フェリー」が運行していますが、乗客の中心は地元の鹿児島県民。主に通勤や通学、買物の足として利用されています。
運賃が片道200円と路線バスなみの安さだったり、回数券や定期券が用意されているのもそのためです。もちろん、台風などで海がシケない限り24時間365日運行しています。
桜島フェリーは通勤・通学の足としても利用される
錦江湾は古くから、貴重な漁場としても利用されてきました。特に錦江湾奥で盛んに行われているのが養殖です。錦江湾で育てられたブリやカンパチは全国に出荷され、鹿児島県の特産品ともなっています。
そのほかにも、天然のマダイやアジ、太刀魚といった魚、タコやウニ、さらには熱帯域の深海に生息するという「ナミクダヒゲエビ」という貴重なエビも水揚げされるそうです。
錦江湾奥では養殖が盛んに行われている
錦江湾の魅力を肌で感じてみよう
錦江湾の魅力を感じるには、実際に錦江湾に行って五感を働かせるのが一番です。ここでは手軽に錦江湾を楽しめる2つのおすすめスポットを取り上げます。
1. 「ボードウォーク」で錦江湾の記憶に触れる
潮風に当たりながらのんびりくつろぐ
鹿児島港の北埠頭には、「ボードウォーク(別名:しおかぜ通り)」が設置されています。全長240mほどの板張りの遊歩道にはベンチやテーブル、花壇などがあり、潮風に当たりながらのんびりするのに最適です。目の前を行き交う桜島フェリーに手を振れば、海外からのバックパッカーたちが手を振り返してくれることも。
ボードウォークの先端には白くて可愛らしい灯台があります。残念ながら中に入ることはできませんが、灯台や桜島を背景に記念写真を撮るのもおすすめです。
ボードウォークは市民と観光客の憩いの場
和やかな風景が広がるボードウォーク一帯ですが、ここには、江戸時代にまでさかのぼる錦江湾の記憶が今も残されています。
例えば、灯台とは反対の端では、地面から古びた石畳が飛び出しています。
実はこれ、江戸時代に造られた「新波止(しんはと)」と呼ばれる波止場の遺構です。新波止は高波から町を守ると同時に薩摩藩の軍事拠点としても利用され、当時としては国内最大級となる、150ポンドボンカノン砲が設置されていたそうです。1863の薩英戦争では実際に砲弾が発射され、イギリス軍の軍艦に損害を与えたという記録もあります。
約150年前に建設された波止場の跡
新波止の遺構がある一帯は「鹿児島旧港施設」として一部が保護・展示されています。江戸時代の新波止だけでなく、明治時代初期に造られた「一丁台場」や、明治の終わり頃に造られた「遮断防波堤」なども間近で観察できます。積まれた石の中には建設に関わった石工の名前や屋号が刻まれているものもあるので、ぜひ観察してみてください。
堤防の石に刻まれた石工たちの名前
2. 「よりみちクルーズ」で海上散歩
桜島フェリー
もうひとつのおすすめは、桜島フェリーの「よりみちクルーズ」。いつもの桜島フェリーとは一味違うクルーズ体験を、わずか600円で楽しめます。通常は鹿児島港から桜島港まで15分のルートを一直線に進む桜島フェリーですが、よりみちクルーズでは鹿児島港を出港した後、鹿児島市街地沖〜桜島周辺を経由して、たっぷり50分かけて桜島港まで航行します。
「桜島に渡って観光する前に、桜島の姿を海からじっくり眺めてみたい」という人には特におすすめです。
ちなみに、通常の桜島フェリーは桜島港のフェリーターミナルで料金を支払いますが、よりみちクルーズは鹿児島港の窓口で乗船手続きを行うので注意しましょう。
鹿児島市街地と桜島の間を南下する
甲板からは海の上に灯台がぽっかり浮かぶ「神瀬(かんぜ)」、桜島の南にある「沖小島(おこがしま)」を間近に眺めることができます。さらに運がよければ、フェリーを追いかけて遊ぶ野生のイルカに遭遇できるかもしれません(ちなみにライターは遭遇しました)。
神瀬や沖小島、桜島の溶岩原などを通過する際には、それぞれの由来や特徴などを紹介する音声ガイドが放送されます。また船内にはボランティアガイドも乗船しているので、気になることがあればどんどん質問してみましょう。
甲板の双眼鏡は無料で利用できる
桜島フェリーの甲板には双眼鏡も設置されています。コインを入れる穴がありますが、実は無料。遠慮なく使って、錦江湾の見どころを楽しんでください。
錦江湾の理解を深められる「なぎさミュージアム」
錦江湾奥は国立公園の重要な一部
錦江湾の周辺を散策したり、フェリーに乗ったりとその魅力に実際に触れたら、錦江湾についてもっと深く知りたくなるかもしれません。ぜひ、自然の魅力あふれる錦江湾のことをもっと知ることができる施設に足を運んでみてください。
おすすめしたいのが、重富海岸の「なぎさミュージアム」。ここは霧島錦江湾国立公園のビジターセンターのひとつとして、環境省が管理している施設です。
海岸沿いの松林に佇む、なぎさミュージアム
ウッドを基調とした施設の中には、錦江湾の成り立ちや錦江湾に生息する生き物、干潟の役割などについて解説したパネルが並んでいます。また錦江湾奥の模型や干潟の断面模型、さらには水槽も設置され、生きている錦江湾の生物を間近で観察できます。
館内には模型、パネル、水槽が展示される
各種パンフレットが置かれたコーナーでは、錦江湾奥やその周辺の情報を集めることができます。施設を運営している「NPO法人くすの木自然館」では自然観察会などのイベントや錦江湾に関する学習イベントも企画しているので、タイミングが合えば参加してみましょう。
錦江湾奥のさまざまな情報が入手できる
なぎさミュージアムの目の前は重富干潟。干潮時間帯には遠くまで潮が引くので、ぜひ自分の足で歩いてみてください。ちなみに干潟といっても、錦江湾奥の干潟は「砂」でできています。佐賀県有明海の干潟のように泥に沈むことはないのでご安心を。
なぎさミュージアムの前に広がる重富干潟
「いおワールド かごしま水族館」で錦江湾に棲む魚を見る
錦江湾に棲む魚たちを見てみたいなら、「いおワールド かごしま水族館」を訪れてみましょう。錦江湾の浅瀬はもちろん、深海の様子やサンゴ礁を再現したコーナーも設けられ、普段は見ることのできない風景を間近に観察できます。生きている「サツマハオリムシ」の展示もありますよ。
かごしま水族館では錦江湾の生態を展示解説する
桜島フェリーターミナルと鹿児島旧港施設の間にある水路、別名「いるか水路」は、水面下でかごしま水族館のいるかプールとつながっており、イルカのトレーニングや餌やりが定期的に行われています。その様子は誰でも自由に、無料で見学可能です。街中の屋外でイルカのジャンプを観られるのはここだけかも!
遊歩道脇の水路ではイルカの訓練を見学できる
【いるか水路「青空イルカウォッチング」】
日時:月~金曜 10:30 / 12:30 / 14:30
土・日曜、祝日・夏休み等 11:30 / 13:30 / 15:00
アクセス:JR 鹿児島中央駅市営バス / かごしま水族館前方面→【かごしま水族館前】バス停 → 徒歩(約3分)
九州自動車道薩摩吉田IC、または鹿児島北IC( 約20分)県営第1、第2、第3駐車場あり
公式サイト:いおワールド鹿児島水族館
錦江湾について学ぶなら、錦江湾の真ん中に浮かぶ桜島も外せません。1964年から桜島は国立公園の一部となり、フェリーターミナル(桜島港)の近くに、その歴史や様子を伝える「桜島ビジターセンター」が設置されています。桜島の特徴や歴史などを紹介する模型やパネルはもちろんですが、日常ではまずお目にかかれない、迫力ある噴火映像は必見です。
桜島のことなら桜島ビジターセンターへ
錦江湾ならではの魅力を感じに行こう!
鹿児島を訪れる旅行者のほとんどが目にしながら、観光スポットとしてはあまり意識されない「錦江湾」。しかし錦江湾には「ここだけでしか見られない」自然や歴史が詰まっています。鹿児島観光の目玉のひとつとして、ぜひ錦江湾にも注目してみてください!