海を見下ろす高台に、のどかな畑が広がる鹿児島県の錦江町宿利原地区(きんこうちょうやどりはらちく)。一見、日本のどこにでもある農村ですが、実は冬の間だけ、この地区ならではのダイナミックな風景が出現します。それが、鹿児島の冬の風物詩「大根やぐら」。
大根の収穫時期を迎えた冬に、巨大なやぐらが農村に出現し、大根たちが綺麗に並べられていく…ほかではなかなかお目にかかれない、宿利原地区ならではの風物詩なんです。
今回はそんな国内でも珍しい、「大根やぐら」の景色と、大根やぐらを作る理由などについて紹介していきます。
インパクトたっぷりの「大根やぐら」
まずは「大根」についておさらいしましょう。
冬が旬の大根は、キャベツや菜の花と同じアブラナ科の植物。主に白くて肉厚な「根」の部分はサラダ、煮物、漬物などさまざまな方法で料理されます。青々とした葉の部分も、油炒めやお浸しなどにすると格別です。
冬に旬を迎える大根
このように。大根は日本人にとって非常にポピュラーな食材ですが、「大根やぐら」となると話は別。それもそのはず、大根やぐらは南九州のごく限られた地域だけで見られる冬の貴重な風物詩なんです。
「大根やぐら」って何?
大根が屋根瓦のように敷き詰められる
大根やぐらを一言で説明すると「三角形のやぐらで大根を寒干しする姿」です。ただ、大根の寒干し自体は決して珍しくありません。長い竿や軒先の梁などに大根を一列に干している姿は日本の各地で見られます。
しかし大根やぐらは、それらの寒干しとはスケールが桁違い。一般的な寒干しが物干し台のようなもので行われるのに対し、大根やぐらの「やぐら」は三角形の立体的な構造物で、大きいものは高さ7m、長さは30〜100mもあります。やぐらの壁面には10段程度の横棒が渡され、そこにびっしりと大根を吊るすのが特徴です。
鹿児島で大根栽培が盛んなワケ
大根やぐらのメリットは、なんといっても一度に大量の寒干しを作れること。裏を返すと、この地域で大量の大根が生産されているということでもあります。
実は、鹿児島の大根生産量は全国第5位。宿利原地区に限らず鹿児島県全域で大根生産が活発です。理由のひとつは「大根栽培に適した土壌がある」こと。大根栽培には水はけのよい土壌が適しているそうですが、この点、鹿児島県本土の半分以上を覆う「シラス」(大昔の火山噴出物)はまさに理想的な性質を持っているのだとか。
鹿児島は大根栽培が盛ん
もうひとつの理由は、漬物作りが盛んなこと。鹿児島には一般的な「たくあん」はもちろん、「山川漬」という伝統的な漬物があります。山川漬とは「寒干し大根を壺の中で塩漬けにし発酵させたもの」で、なんと400年前から作られているのだそうです。
寒干しした大根は「山川漬」などに加工される(イメージ)
「大根やぐら」を観察しに宿利原地区へ
あちらこちらに大根やぐらがある宿利原地区
鹿児島市内から車で約2時間ほど走ると、大根やぐらのある錦江町宿利原地区に到着します。標高200mの高台にある宿利原地区は、人口300人足らずの小さな集落。ほとんどが畑で目立った案内表示などもありませんが、冬の時期だけは「あ、宿利原地区に入ったな」と一発で分かります。
目印となるのはもちろん、集落のあちこちにある「大根やぐら」。農家の方によると、現在は集落全体で30基ほどの大根やぐらが作られているとのことです。
「大根やぐら」は巨大な大根ハウス
遠目には「巨大な(農業)ハウス」にも見える
大根やぐらの形は、まるで農業用のハウス。
大根やぐらの骨組みは竹です。これほど大量の竹をどこから持ってくるんだろう…と不思議に思っていたら、畑の隅に保管されていました。これを毎年組み立てているようです。
畑の脇に「材料の竹」が保管されている
ちなみに12月から1月は、大根農家にとって1年で最も忙しい時期。農作業の邪魔にならないように気をつけながら、車道沿いの大根やぐらを見学していきましょう。
てっぺんの竹が大きく突き出した大根やぐら
大根やぐらは農家の人が手作業で作る「一品物」なので、それぞれ形や大きさが微妙に違います。特に個性的なのはやぐらの「てっぺん」。柱がきれいに切り揃えられているもの、伸ばしっぱなしのもの、片方だけ伸ばしっぱなしのものや両方がビョーンと伸びているもの…。どうしてこういう形にしたんだろう?と想像しながら歩いていると、なんだか楽しくなってきます。
こちらの大根やぐらは、片方だけ突き出している
大根やぐらの断面はキレイな三角形です。その中をよくよく見てみると、車の轍(わだち)らしきものが。
大根やぐらの中の「轍」
実は大根やぐらの中は、車が通れるようになっています。実際に作業している風景を見ると、荷台に大根を満載したトラックがやぐらの中にすっぽり入り、そこから直接大根を取り、干しています。
大根を載せたトラックが大根やぐらの中に入る
大根やぐらには、大きなトラックが通れるような大型のものから、軽トラにぴったりの比較的コンパクトなものまであります。作業効率や手持ちの機材に合わせて、やぐらのサイズを決めているのかもしれませんね。
軽トラがぴったりのコンパクトな大根やぐら
干されたばかりの大根は、当然ながら真っ白でつやつや!大根やぐら全体の色合いも、鮮やかな緑と白で爽やかな印象です。
白くてつやつやの大根が干される
ところが近くにある別の大根やぐらは、まるで「茅葺き屋根」のように褐色です。ぱっと見ただけでは、とても大根が干されているようには見えません。
干し上がるとすっかり別の表情に
すっかり水分が抜けてシワシワになった大根。生の大根と比べると、辛みが抜けてうまみと甘みが出ているそうです。作業中の農家さんに話を伺ったところ、干してからこの状態になるまでだいたい1週間から10日ほどとのこと。
水分が抜けた大根
宿利原地区で「大根やぐら」が盛んなワケ
大根栽培が盛んな鹿児島県でも、「大根やぐら」があるのは宿利原地区などごく一部の地域だけ。その理由を体感できるのが「宿利原農村公園」です。小さな東屋とトイレがあるだけの広場のようなシンプルな公園ですが、余計な構造物がほとんどないため広々とした印象を受けます。
宿利原農村公園
公園の展望台からは、約4km先の錦江湾がV字形に見えます。実はこれこそが、宿利原地区が大根やぐらに適している理由です。
海からまっすぐ「沢」が伸びていることで(海が「V字型」に見えるのもこのため)、このエリアには錦江湾からの潮風が直接吹き上げてきます。その冷たく乾いた風が、寒干し大根づくりに理想的なのだそうです。
錦江湾の潮風がまっすぐに吹き上げてくる
ちなみに宿利原農村公園では、1年に2日間だけ「大根やぐらのライトアップイベント」を開催しています。毎年12月の後半に実施されているので、気になる人は県の観光情報サイトなどをチェックしてみてくださいね!
ライトアップは例年12月中旬〜下旬に開催。大根の生育状況により時期変動あり
「大根やぐら」の大根はその後どうなる?
大根やぐらの秘密を学んだら、寒干しされた大根の行方も気になります。実は宿利原地区の農家はそれぞれ特定の漬物工場と専属契約を結んでいて、出来上がった寒干し大根はすべてそれらの工場に持ち込まれるのだそうです。
漬物になった大根は鹿児島県内を中心に出荷されますが、一部は地元の物産館(道の駅)でも販売しているとのこと。
錦江町の特産品が並ぶ「道の駅 錦江にしきの里」
物産館の売店には、地元の新鮮な野菜や手作りの惣菜などがぎっしり。もちろん漬物(たくあん)に加工された大根も大量に並んでいます。今回は「普通のたくあん」に加え、「しそ風味」「たまり醤油漬け」「みそ漬け」の計4種類を購入し、いただきます。
写真上から/普通のたくあん、しそ風味、たまり醤油漬け、味噌漬け
商品名は「やぐら漬け」。パッケージには大根やぐらのイラストがしっかり描かれています。
「大根やぐら」を知っていると「やぐら漬」の意味が分かる
味は極めてオーソドックス。奇抜なところがないぶん、安心して食べられる味です。ただ、鹿児島の食べ物は全体的に甘めということもあり、東北地方などのたくあんと比べるとやや甘めに感じるかもしれません。しょっぱさの中に甘みをしっかりと感じられ、ご飯がよく進みますよ。
ご飯と相性抜群のやぐら漬け。お気に入りを探してみて
「大根やぐら」を見て・食べて楽しもう
全国的にも珍しい、鹿児島の冬の風物詩「大根やぐら」。迫力のある姿はもちろん、大根が次々に吊るされていく農作業の様子を眺めていると、時間が経つのも忘れそうです。
みなさんも、冬の限られた時期にしか見られない貴重な風景を自分の目で見てみませんか?その際はもちろん、道の駅や物産館で、できたてのたくあんをゲットするのもお忘れなく!