日本には「銘菓」と呼ばれるお菓子があります。銘菓、という称号を与えられるのは、歴史や素材にこだわっているだけでなく、何よりもその「地域性」が感じられる逸品のお菓子たちのみ。各都道府県や市町村を代表する銘菓、みなさんはいくつご存知ですか?
「鉄のまち」として知られている北海道室蘭市には、「銘菓がないなら自分たちで作ろう!」と立ち上がった人たちがいます。
今回は、室蘭工業大学の教授がアイディアを出し、地元の製菓店が中心となって形にした室蘭市の新銘菓「鐵(てつ)の素」クッキーと、「ジンギスカン鍋クッキー」をご紹介します。地元の人たちの思いや、銘菓誕生までの困難について、話をうかがってきました。
室蘭市に誕生した新銘菓「鐵の素」クッキーを知ってる?
日本有数の鉄のまち「室蘭」
室蘭市は、北海道の南西部に位置する街です。雄大な景色が望める地球岬や、歩くと「キュッキュッ」と音が鳴る砂浜が有名な「イタンキ浜」など、豊かな自然や観光資源に恵まれています。
室蘭市の主産業は鉄鋼業で、製鉄、製鋼、造船などが盛んです。美しい自然と工業が融合した都市として発展してきました。
ですが、「鉄のまち」としての知名度はまだまだ低く、北海道以外の多くの人には知られていないのが現状。観光で訪れた人たちが購入していく手土産に適した銘菓なども、室蘭市にはありませんでした。
室蘭市の工業地帯
そんななかで立ち上がったのが、室蘭市の国立大学法人 室蘭工業大学(以下:室工大)のある教授でした。室工大は、1949年に理工学教育を基盤に科学技術研究を理念とし設置された、日本の工業の発展に寄与する大学です。
2016年に室蘭市に誕生した、新しい銘菓の歴史を辿っていきましょう。
自分たちの手で室蘭銘菓を作り出そう!
室工大には多数の教員が在籍し、国内外への出張に菓子などを持参する機会が多くありました。しかし、大学や室蘭をアピールする菓子は少なく、「何か室蘭らしさを感じる菓子はないだろうか」と考えたのが、同大の清水一道(しみず・かずみち)教授です。
シャンシャン共和国商店街に店を構える「ナニナニ製菓」
ある日教授が知人に手土産製作の相談をしたところ、当時開業したばかりの「ナニナニ製菓」を紹介されました。
ナニナニ製菓の店内。目指すのは「オンリーワン」の銘菓
教授から相談を受けたのはナニナニ製菓の店主、庭山貴行(にわやま・たかゆき)店主でした。庭山店主は、「ものづくりのまち室蘭、鉄のまち室蘭をPRする世界に一つだけの菓子を一緒に作りたい」という清水教授の熱い思いを快諾。室蘭をPRするために、鉄の原料である鉄鉱石、石灰石、石炭をモチーフに、本物そっくりなクッキーを企画したのです。
こちらが「鐵の素クッキー」。本物の鉄と見間違えそうな完成度の高さ
室蘭市内のイラストレーター、朝路真弓さんにイメージスケッチをかいてもらうと、清水教授は「おもしろい」と大絶賛! 製造担当者の庭山なをさんが中心となり、試作を進めていきました。
2015年に札幌で行われた「テクノカフェ」イベントで3つの案を発表したところ、「鐵の素」クッキー案が圧倒的な人気を集めます。その後、選ばれた案をベースに商品化が開始されました。
※テクノカフェ…室蘭工業大学ものづくり基盤センタ-と北海道新聞社室蘭支社が共催する「ものづくり」に関するイベント
前途多難な商品化と人々の繋がり
全国でも珍しい「大学公認クッキー」を販売する室蘭工業大学
鉄鉱石にそっくりで、かつおいしく安心、安全な菓子作りを。ナニナニ製菓は化学調味料無添加が信条だったこともあり、商品化は困難を極めました。
そんな時、鐵の素クッキーの商品化にむけた試行錯誤を繰り返しているという噂を聞き、駆け付けた人物がいました。新日本製鐵住金の室蘭製作所(当時)に勤める菅原 登さんでした。菅原さんは、同社の工場見学をさせてくれたり、大量の鉄鉱石をプレゼントしてくれたりと、より本物に近づけるためのサポートを提供してくれたのです。
クッキーを通じて人の輪が繋がる
そうした人々の協力と努力のかいがあり、2016年3月に鐵の素クッキーがついに完成。試験的に室工大で150箱を販売したところ、瞬く間に売り切れてしまいました。
ナニナニ製菓のキャラクターと「鐵の素クッキー」(980円 / 15個入り)
ただ、予想以上の売れ行きに、今度は製造が間に合わないという課題が発生することに。
他商品の製造もあり、スタッフは夜遅くまでクッキーを焼く日々が続きました。そんな姿を見かねた清水教授は、クッキー生地を定量分割する器械をスタッフに送ります。
おかげで生産は1.5倍にスピードアップ。梱包作業も市内の授産施設に委託するなど、さまざまな人が関わることになりました。
鐵の素クッキー販売の様子
印刷したシールを貼り付けていたパッケージも、助成金を利用して朝路貴弓さんにイラストを依頼。室蘭らしいデザインにリニューアルしました。
その後は室蘭信用金庫の感謝デーで600個以上が配布されたり、室蘭観光協会が道の駅「みたら」で取り扱いを開始したりするなど、さまざまな人々の協力を得て、「室蘭銘菓」として鐵の素クッキーは育てられていきます。
銘菓に込められた室蘭市民のプライド
パッケージには室蘭の歴史が綴られている
最初の頃は「鐵の素など食べたい人などいるわけがない。はたして誰に向けた菓子なのだろう?」と疑問視していた貴行さんでした。しかし、スーパーやデパートの出店販売で鉄工所や関連会社を引退した人たちが「石炭なんて食べられるわけがないだろう」と言いながらよろこんで試食している姿を見て、「これは室蘭市民のためのお菓子なのだ」と気づいたのだと話てくれました。
「鉄のまち」室蘭で採れた鉄鉱石たち
「製鉄業は日本の近代化に大きく貢献していますし、鉄の歴史は室蘭の歴史そのものです。近代化の歴史に関わってきたことは、室蘭市民にとって大きな誇り。それをリスペクトして室蘭の製菓店がクッキーを作ったことで、さまざまな人に応援してもらえたのだと思います」と貴行さんは話します。
第2弾の室蘭菓子「ジンギスカン鍋クッキー」に着手
清水教授が製作したアルミ製の金型
2016年に誕生した「鐵の素クッキー」は瞬く間に人気となり、日本ギフト大賞 2017を受賞するなど高い評価を受けるほどの銘菓へと成長していきました。
室蘭市の銘菓作りは見事成功…ですが、早速次のステップへ。清水教授から、シリーズ第2弾として「ジンギスカン鍋クッキー」の製作が提案されます。
「これでクッキーが焼けるかわからないけど、使ってみて」と手渡されたのは、室工大オリジナルのジンギスカン鍋がデザインされた金型でした。この金型を使って、鐵の素クッキーと同じ生地でクッキーを作る。それが「ジンギスカン鍋クッキー」のアイデアです。
焼き上がったクッキーは、北海道名物でもあるジンギスカンを焼く鍋のような見た目になる…というユニークなお菓子が誕生するはず。
室工大オリジナル鍋がモチーフ
しかし、金型を使ったクッキー作りは難しいものでした。本来、クッキーは金型に入れて作る菓子ではありません。
早速型を使ってクッキー作りを開始したものの、北海道の形をした金型の「渡島半島」にあたる部分が薄くなっているため、金型から取り出す際に欠けてしまうことも。慣れるまでは3分の1の確率で失敗するという苦労もあったのだとか。
遊びのような形から始めたため、量産の予定は考えていなかったそうですが、生地を柔らかくするなどし、製品化に向けて試行錯誤が繰り返されました。
鉄の質感を出すために食用竹炭パウダーを使用するとともに、黒ごまを炒ってすり潰し、それらしい風合いに仕上げました。「ごまには鉄分が多く含まれており、名実ともに鐵のクッキーです」と胸をはります。
さまざまなクリエーターとのコラボが実現
鐵の素クッキーに続き、今回も朝路真弓さんがパッケージデザインを担当しました。アイヌの衣装をモチーフに、クッキーを引き立てるデザインを考えたのだとか。ふたつの商品が並んでも違和感がないよう、鐵の素クッキーと同じく赤をベースにするという隠れた工夫もあるそうです。
ちなみに、スペシャルバージョンには、市内の人気カフェ「sora.café」の金谷美花さんが手掛けたラム肉と玉ねぎのアイシングクッキーがトッピングされています。
スペシャルバージョンの「ジンギスカン鍋クッキー」
鐵の素クッキーとジンギスカン鍋クッキーはどこで買える?
道の駅「みたら室蘭」。鐵の素クッキーやジンギスカン鍋クッキーを販売
鐵の素クッキーは受注量に応じて製造し、通信販売も行っています。
対してジンギスカン鍋クッキーは金型が少ないことや手間の問題から、1日に製造できるのはSサイズ36個、Mサイズ15個が限界です。
また形が複雑なため壊れやすいという問題があり、店頭での販売以外は配送可能な室工大生協、東室蘭駅の北海道四季彩館、道の駅「みたら室蘭」の市内4カ所のみで発売されています。
室蘭の観光名所「地球岬」
インターネットの普及で、いつでもどこでも物が買えたり、遠方からでも簡単にお取り寄せしたりできる時代ですが、「室蘭に行かなければ買えない」という時代への逆行が、ジンギスカン鍋クッキーの価値を高めているのでしょう。
貴行さんは「室蘭は自然と工業地帯が一体化した珍しい場所です。最近では工場群の夜景も話題になってますし、カレーラーメンや室蘭やきとりなど、ご当地グルメも豊富です。鐵の素クッキーや、ジンギスカン鍋クッキーが『鉄のまち室蘭』に足を運んでもらうきっかけになるとうれしいですね」と話します。
ぜひ室蘭に足を運び、人々の愛情によって誕生した銘菓を味わってみてください。
室蘭の歴史を今に伝える新銘菓
鐵の素クッキーは、「手土産」として考案されたお菓子です。そこには「鐵」に対する思いや、その歴史に携わってきたすべての人たちへの敬意が込められています。
大学教授と製菓店という一見接点がないと思われるふたつが「室蘭の銘菓作り」というきっかけによって結ばれ、市内のイラストレーターや、授産施設などコミュニティが広がっていきました。味や形だけでなく、“鉄のまち”室蘭の新銘菓が誕生した経緯を知った上でふたつのクッキーをいただくと、よりおいしく味わえるはずです。
【室蘭工業大学公認 鐵の素クッキー 取扱店】
※営業時間などの詳細は各店舗まで問い合わせを
※★マークは「ジンギスカン鍋クッキー」取り扱いもあり
・室蘭工業大学 生協(★) TEL:0143-44-8755
・北海道四季彩館 東室蘭店(★)TEL:0143-83-7779
・道の駅 みたら室蘭(★)TEL:0143-26-2030
・母恋めし本舗 室蘭駅売店(★) TEL:0143-27-2777※休みあり。要問い合わせ
・ナニナニ製菓(★)TEL:0143-83-6854
↓以下の取扱店は催事期間のみ販売(主にGWやお盆、年末年始など)
・スーパーアークス 室蘭中央店 TEL:0143-22-8880
・スーパーアークス 中島店 TEL:0143-41-5577
・ホームストア 新たかさご店 TEL:0143-44-7612
・ホームストア 港北店 TEL:0143-55-8287
・ホームストア 輪西店 TEL:0143-44-4422
・ホームストア 幌別店 TEL:0143-85-2448
・ホームストア アーニス店 TEL:0143-85-9750