独特の砂の模様と、その上に配された石。華やかさはないものの素朴で慎み深く、静かな美しさを感じさせるのが「枯山水(かれさんすい)」の庭園です。
Apple創業者のスティーブ・ジョブズも枯山水に魅了され、お忍びで日本へ訪れていたという話もあり、国内外で評価されています。
ここでは「枯山水とは一体何を表しているのか?」「どうやって見ればよいか?」など枯山水鑑賞にまつわるあれこれを紹介します。
枯山水とは? ひとことで言うと……
京都府高台寺の枯山水
枯山水(かれさんすい)をひとことで説明すると、「水を使わずに水のある景色を表現した庭」です。
日本庭園の型・様式のひとつで、石や砂、草木を使って、山や川などの自然風景や宇宙を表現しています。
例えば、「砂に描かれた筋」は川の流れを表していて、「砂の上に置いてある石」は山や岩を表している、という具合です。
石や砂をメインで使う飾り気のない庭ですが、これは無の境地を目指す「禅」の思想に影響を受けているから。それゆえに、枯山水を英語で表現するときは「Zen garden」となります。
構成要素と表現しているもの
《枯山水の構成要素》
●白砂
枯山水の庭の代表的な要素。庭一面に敷かれている場合が多いです。
●石
大小さまざまな石がアクセント的に使用されます。
●苔
こちらもアクセント的に用いられます。石の周りを囲うように配したり、庭の一部を盛り上げて苔で覆い、山や島を表現することもあります。
●樹木
白砂や石に比べ、かなり限定的に使用されます。世界遺産・龍安寺の石庭のように庭自体にはなくとも、庭外の風景を庭の背景として利用する「借景(しゃっけい)」の一部として、樹木が重要な存在になることもあります。
春の龍安寺の枯山水
石で表現しているもの・意味
石は基本的に自然界にあるものに見立て、置かれています。主に表現しているのは、「山」や「島」などですが、「鶴」や「亀」など生き物に見立てられているものもあります。亀に見立てられ置かれている岩は、実際に亀の甲羅のように平べったかったりします。
《石が表現しているもの》
●山
●島
●岩
●滝
●鶴
●亀
など
《石組で表現しているもの》
単体では「山」や「島」などを表す石ですが、複数を決まった形で組み合わせると、仏教や道教的なモチーフを表現することができます。代表的な石組を紹介しましょう。
●須弥山(しゅみせん)
大きな立石を置き、その周辺に低い石を並べたものは、仏教のシンボル「須弥山(しゅみせん)」を表現しています。「須弥山」とは、世界の中心にそびえ立つとされる、仏の住む聖なる山です。
●蓬莱山(ほうらいさん)
庭の一部を小高く盛り上げた築山(つきやま)と石、そしてその周辺に鶴や亀に見立たて石を置くことで、「蓬莱山(ほうらいさん)」を表現しています。「蓬莱山」とは、道教思想において、仙人が住み不老不死の神薬があると信じられた山のこと。
●三尊(さんぞん)
大きな石と、その両脇に置かれた小さな石は、「三尊(さんぞん)」を表現できます。「三尊」とは、弥勒菩薩(みろくぼさつ)・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)など、菩薩や如来を三尊(=3人ということ)一対で指す言葉です。
左から、「須弥山(しゅみせん)」「蓬莱山(ほうらいさん)」「三尊(さんぞん)」
砂で表現されているもの・意味
砂(白砂)は基本的に水を表現しています。水の流れや、水が揺れたときの波紋に似せた筋が砂の上に描かれます。
《砂(白砂)が表現しているもの》
●川
●池
●海
●宇宙
《砂紋の種類・何を表現しているか》
砂紋とは、水の流れに見立て、白砂に描かれた筋・紋様のこと。実はいろいろと種類があり、波や流れの静けさ・荒さによって表現を分けています。
●さざなみ(流水紋)
平穏な水面を象徴する模様。線の大小で川や海などの規模を表しています。
●うねり
平穏ではありますが、さざなみよりも躍動的な波を表現しています。
●網代波紋(あじろはもん)
折線を連続させ、硬くやや荒い波を表しています。
●片男波紋(かたおなみもん)
円弧を連続させたもので、うねりと網代波紋を混合させたやや躍動的な波を表現しています。
●青海波紋(せいがいはもん)
無限に広がる波を表現しています。力強さと柔らかさが混ざり合う雰囲気。
●渦紋(水紋)
一滴の水が落ち、そこから広がる波紋や渦潮を表現しています。
●観世水(かんぜみず)
さざなみと渦紋を組み合わせたもの。流水に滴る水を表現しています。
●獅子紋
旋紋(せんもん)ともいう。渦紋の変形で、荒々しさを表現している。
●立浪紋
荒ぶる波を表現しています。
妙心寺の枯山水と枝垂れ桜
枯山水の様式(種類)
①平庭式(ひらにわしき)
平庭式枯山水は最もシンプルで、一面が平らな庭に造園される様式。苔以外の植物がなく、現在の「石庭(いしにわ、せきてい)」を指します。世界的に枯山水の代表格として知られる特別名勝の庭園です。
《平庭式の庭園がある場所》
龍安寺(京都府京都市)
②準平庭式
準平庭式特有の小高い山を造ることを築山(つきやま)といい、地形に変化を与えることで庭に深みを持たせようとする技法。『作庭記』に「山をつき」という言葉が記述されていることから、築山と呼ばれるようになったとされています。
《準平庭式の庭園がある場所》
長寿寺(神奈川県鎌倉市)
③枯池式(かれいけしき)
枯池式枯山水は、水を用いていないのに実際に池があるかのように石を組み、空っぽの池を表現しています。
また、滋賀県・青岸寺の庭園は、苔が池の水を表していますが、雨が降ると水が苔から染み出て溜まり、本物の池になるそうです。
《枯池式の庭園がある場所》
西本願寺(京都府京都市)
青岸寺(滋賀県米原市)
④枯流れ式(かれながれしき)
枯流れ式枯山水は、周りに護岸のようなものをつくり、その内側に小石や砂を敷いた小川の清流を表現した様式。京都府の天龍寺の庭園は枯流れ式枯山水で知られており、庭一面に描かれたさざなみの砂紋は緩やかな川の情景を演出しています。
《枯流れ式の庭園がある場所》
天龍寺(京都府京都市)
⑤特殊形式
特殊形式枯山水は、平庭式、準平庭式、枯池式や枯流れ式には当てはまらないそれ以外の枯山水のことを指します。慈照寺銀閣の向月台(こうげつだい)や銀沙灘(ぎんしゃだん)が有名です。
《特殊形式の庭園がある場所》
慈照寺銀閣(京都府京都市)
さまざまな様式の枯山水庭園。①準平庭式 ②枯池式 ③枯流れ式 ④特殊形式
枯山水の楽しみ方
枯山水の庭園は、散策するのではなくじっくりと眺めるのに向いている庭園です。心を落ち着かせて石の位置や砂の模様を考察しながら眺めるのが枯山水の楽しみ方の一つです。
幾何学的な砂紋や、石の凹凸を眺めていると、自然と無の境地を感じられるかも。
枯山水の歴史・由来
平安時代まで:「枯山水」という言葉が登場
枯山水の歴史は長く、水を使わない庭園は飛鳥時代にも存在したといわれています。
そして平安時代末期に記された日本最古の庭園書である『作庭記』には、日本の文献で初めて「枯山水」という言葉が用いられている箇所があります。それが、「池もなく遣水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく。(※)」の部分。
ただしこの頃は禅宗が広まる前なので、現在のような庭ではなく、庭の一区画に置かれた石と白砂を「枯山水」と呼んでいたと考えられています。
※出典:粗訳『作庭記』(さくていき)原文データより
鎌倉時代:禅の思想と融合
鎌倉時代に入ると中国から禅宗が伝来。庭で禅の儀式を行うにあたり、禅の思想を表現するために、白砂と石を組み合わせて配置するようになります。
その際、京都にある「西芳寺(苔寺)」を禅宗寺院として復興させる機運が高まり、禅僧・夢窓疎石(むそうそせき)が西芳寺に派遣されます。西芳寺の庭園は、石の配置だけで豊かな水量を感じさせるものとなり、国内初の枯山水様式の庭園となりました。ここから枯山水という庭園様式が世間に浸透していきます。
室町時代以降:戦乱で荒廃した京で普及
1467(応仁元)年に始まった応仁の乱で京都が荒廃すると、枯山水が脚光を浴びます。
それまでの日本庭園といえば、水を得られる場所に築くのが常識。しかし戦乱によって財力と労力を失った貴族や寺院には、立派な日本庭園を復興させる力はありません。そこで取り入れられたのが枯山水。水のない土地でも、限られた面積でも、低予算で美しく作ることができたからです。
その後は、中国の歴史や伝説をモチーフにした枯山水が流行。武士の時代に変わっていくにつれ、武家や庶民にも広がり、禅の思想を受けた素朴さや簡素さではなく、美しさも追求されるようになっていきました。
安土桃山時代以降:徐々に衰退
茶人・千利休(せんのりきゅう)が織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)に重用された頃には、日本で茶道(茶の湯)が発展していきました。
すると、茶の湯の際に手を清めるための「手水鉢(ちょうずばち)」や植物が主体となった茶庭(ちゃてい)や池のある庭園が主流になっていきます。この流れで、枯山水は徐々に衰退していきます。
昭和以降:世界的に評価されるように
1945(昭和20)年の終戦以降、庭園に対する再解釈が行われるようになると、「太陽の塔」で知られる芸術家・岡本太郎や、イギリスの著名な造園家が「枯山水」に注目。「モダン・ランドエスケープ・デザイン」として枯山水が世界的に評価されるようになりました。
枯山水があるお寺・美術館5選
龍安寺(京都府)
秋の龍安寺の石庭
枯山水庭園で知られる「龍安寺」。室町時代に創建された寺院で、世界遺産にも指定されています。龍安寺といえば、「龍安寺方丈庭園」と呼ばれる石庭。国の史跡と特別名勝に指定されている石庭は禅の美を表現した由緒正しい庭園です。
龍安寺の枯山水庭園の石の数は全部で15個なのですが、どの角度から眺めても必ず1個の石は他の石に隠れて見えないように造られています。
1975年にはイギリスのエリザベス2世が龍安寺を公式訪問し、世界的に注目される枯山水庭園に。龍安寺の枯山水は作庭家や石の配置の意図が謎に包まれており、石庭と向き合いながら考察するのも楽しみの一つです。
西芳寺(京都府)
西芳寺の苔に覆われた庭園
境内を約120種もの苔が覆っていることから苔寺の名でも知られる「西芳寺」。世界文化遺産に指定されている禅寺で、そこにある庭園は鎌倉時代と南北朝時代を代表する禅僧・夢窓疎石が作庭し、日本最古の枯山水庭園と語り継がれています。
足利義満をはじめ西芳寺で座禅に励んだ歴史上の人物は数知れず。のちに足利義満や足利義政が創建する金閣寺や銀閣寺など、室町時代を代表する庭園の原型になったといわれています。江戸時代末ごろに洪水の被害に遭ったことで苔が庭園を覆うようになり、唯一無二の枯山水庭園に。
現在は枯山水ならではの砂紋などは見られませんが、苔に覆われた庭園はまるで緑の絨毯を敷き詰めたような美しさ。特に梅雨明けはより一層神秘的な景観を楽しむことができます。
玉堂美術館(東京都)
玉堂美術館にある枯山水
東京都青梅市の御嶽駅(みたけえき)すぐ近くにある「玉堂美術館」。主に日本画家・川合玉堂の作品を展示する美術館で、東京都内ではほとんど見ることのできない本格的な枯山水庭園が設けられています。
玉堂美術館の枯山水を手がけたのは、戦後に5期も総理大臣を務めた吉田茂の邸宅にある吉田茂庭園をつくった中島健という作庭家。中島健は美術館のすぐそばにある多摩川をイメージして作庭しており、枯山水と桜や紅葉、山並みといった周囲との景観の調和を図る借景という技法を用いています。
白砂で描かれたさざなみと石の周りに広がる水紋が緩やかな川の流れを表現しており、どこから見ても石組の変化を楽しむことができる設計になっています。
金剛峯寺(和歌山県)
金剛峯寺の枯山水と奥殿
和歌山県北東部、高野山にある「金剛峯寺(こんごうぶじ)」。真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開いた真言宗の総本山です。本来は高野山そのものが金剛峯寺と呼ばれていましたが、1590年ごろに豊臣秀吉が大政所を弔うために建立した青巖寺(せいがんじ)が金剛峯寺と呼ばれています。
金剛峯寺境内の渡り廊下を抜けた場所にあるのが日本最大の石庭と称される蟠龍庭(ばんりゅうてい)。この蟠龍庭は約2,340㎡を誇り、一面に敷き詰めた白い砂は雲海を表現しています。庭園中央に建てられた奥殿の周囲には曲線を描くような石組が置かれており、まるで雲海に浮かぶ奥殿とそれを守る龍のような佇まい。
秋には庭の周りの紅葉が枯山水に散りばめられ、日本の秋の情緒を感じることができます。
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺の枯山水と紅葉
「浄妙寺(じょうみょうじ)」は源頼朝の重臣によって創建された寺院。浄妙寺は足利氏の菩提寺で、鎌倉時代に南宋から渡来した蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)ら臨済宗の名僧が開山した禅宗寺院です。中でも鎌倉幕府の庇護のもと、築かれた鎌倉五山のひとつ。
茶室の手前にある枯山水は、京都の天龍寺の庭園を手がけた曽根三郎が作庭し、スギゴケや松などの緑と巧みな石組だけで構成された和風情緒豊かな庭園に。茶室では抹茶と和菓子を嗜みながら美しい枯山水を眺めることができます。
自宅で枯山水を作る方法
枯山水の砂紋と植物
石や砂と草木や苔などの緑が織りなす庭にわびさびの心を感じられる枯山水。実は自宅でも手軽に作ることができるのです。今回は枯山水風の園芸と小さなお盆に作るミニ枯山水の作り方を紹介します。
枯山水の庭の作り方
① 植物を植えるための日当たりの良い場所に白っぽい砂利を敷きます。
② 次にホームセンターなどに売っている熊手で砂利を優しくなぞり、水の流れを表現していきます。
③ 土や石、植物で高さを作り、自分の思うように山を表現します。
④ 最後に自分の好きな植木や大きな石をバランスよく置きます。
ミニ枯山水の作り方
こちらはキットで作るのもおすすめです。実は龍安寺が監修した枯山水キットも販売しており、トレイを箱庭に見立てて世界で一つだけの本格的な枯山水庭園を作ることができます。
① トレイに細かくサラサラとした砂を敷き詰めます。
② 専用の熊手やフォークなどで砂に自分の思いのままに模様を描きます。
③ 小さな石をバランスよく配置します。
④ お好みで苔を置くのもおすすめ。
おわりに
今回は枯山水の魅力だけでなく、おすすめスポットや家で枯山水を楽しむ方法を紹介しました。
見ているだけでもわびさびを感じられる枯山水。眺めるだけでもよし、どんな意味があり、何を表現しているのか自分の想像を膨らませるもよし。
枯山水そのものの知識や歴史を理解した上で足を運ぶと、見方や感じ方が違ってくるかも知れません。枯山水庭園に赴き、日本ならではの美しさを楽しんでみてはいかがでしょうか。