西洋の医療とともに、江戸時代に日本に入ってきた「ガラス作り」という技術。今では普段何気なく使っていますが、ガラスに色をつけ紋様を刻んだ「切子」という日本の工芸品があるように、ガラスは日本独自で発展を遂げてきたのです。
今回は、日本を代表する伝統工芸品のひとつ「江戸切子」について、その歴史や日本ならではの紋様だけでなく、日常生活に深く根付きながら生まれてきた大正・昭和時代のガラス製品についても紹介。ハレの日の贈り物としてだけでなく、毎日使いたくなる素敵なガラス製品を見つけにいきましょう。
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江戸時代に日本に入ってきたガラス文化
私たちが日常的に使用している「ガラス」。今のようなガラス製品が日本に入ってきた歴史は意外にも浅く、実は江戸時代に入ってからのことなのです。時期や詳細は未だ明らかになっていませんが、江戸時代、西洋の医療が発展し、その道具のひとつとして、日本にガラス製品が入ってきたとされています。
そこから日本にガラスを作る技術が輸入されて、グラスや皿など食器類へと発展していくのは、まだまだ先のこと。明治時代以降といわれています。
それでいながら、日本にはガラスを使った工芸品も多くあります。
その代表として挙げられるのは、やはり「切子細工」と呼ばれる色の付いたガラスにカットを施した工芸品たちではないでしょうか。その中でも、東京で作られる質が高い切子作品たちは「江戸切子」として名を馳せ、その色合いとカットの美しさで多くの人々を魅了しています。
瑠璃色や銅赤色の江戸切子たち。東京都の伝統工芸品
江戸切子は、どのように生まれ、どのように育っていったのか。今回は、東京都墨田区に立つガラス会社である、廣田硝子株式会社さんにお話を伺っていきます。
「すみだ江戸切子館」で江戸切子を学ぶ
錦糸町駅から徒歩約6分、交差点に立つ「すみだ江戸切子館」
錦糸町エリアに立つ廣田硝子株式会社は、明治32年創業というガラスの老舗。
江戸切子だけでなく、さまざまなガラス作りの技法を用い、昭和レトロ・大正ロマンを感じさせるオリジナルのガラス製品も手がけています。そんな廣田硝子株式会社が運営している「すみだ江戸切子館」は、江戸切子を購入できるだけでなく、工房で切子体験もできるスポット。ここで、江戸切子について歴史や作り方を学んでいきましょう。
東京を代表する工芸品「江戸切子」
そもそも、江戸切子はどのようにして誕生したのでしょうか?
廣田硝子株式会社の代表取締役社長・廣田達朗さんに話をうかがいました。
廣田硝子株式会社 代表取締役社長の廣田達朗さん
「江戸時代後期の後期に、ビードロ問屋を営む加賀屋久兵衛が海外からのガラス製品にカットを施したのが江戸切子の始まりとされていますが、それを『江戸切子』と呼ぶようになったのは結構最近のことなんです」と廣田さん。江戸切子自体は昔から作られていたものの、その名前がついたのは、ここ最近のことだったのです。
店内に飾られた江戸時代のガラスカタログ。江戸時代からガラスが使われていたことがわかる
「切子」という言葉は、明治〜昭和時代に活躍した日本の芸術家である北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん)のエピソードにも登場していることから、明治時代には生まれていたと考えられています。
しかし、東京で作られる切子細工のことを「江戸切子」と名付け呼ぶようになったのは、100年にも満たないくらい最近のこと。江戸時代後期から町民たちの技術の伝承により江戸切子は受け継がれてきましたが、明治時代、イギリスから訪れたカットグラス技師たちにより切子の技法が伝わったことで、さらに鮮やかで繊細な、美しい江戸切子が発展していったのです。
繊細なガラスに美しいカットを施し江戸切子に
ここでしか買えない、スカイツリー柄の江戸切子も並ぶ
すみだ江戸切子館には、さまざまな色彩を持つ江戸切子たちが並んでいます。オールドグラス(ロックグラス)やぐい呑みなど、展示販売している江戸切子の数は、常時350点以上。定番とされる赤の江戸切子も揃っていますが、実はガラスで赤色を作り出すのは難しいそう。瑠璃色とも表現される青のガラスはコバルトで、赤は銅を原料にして色付けを行います。
職人が苦労を重ねて生み出した鮮やかな発色を持ち、光を通すとキラキラと輝く美しい江戸切子たちは、ずっと見ていても飽きのこない芸術作品。ハレの日の贈り物などで購入する人が多いようですが、気分を上げたい日のグラスとして、ちょっぴり贅沢な食卓のお供として、江戸切子は日常使いするのにもぴったりです。
作家さんが手がけた江戸切子の作品。温かい飲み物を注ぐことも可能
また、繊細なカットが施された江戸切子ですが、意外にも手入れは簡単。通常のガラス製品同様に洗剤で洗えますし、時折カットの溝部分を綿棒などでこすって汚れを取ってあげるだけで、ずっと綺麗に保つことができるのです。
この日は特別に、実際に職人による江戸切子作りの様子を見せていただきました。
荒削りの工程。江戸切子の美しい模様を刻むためには集中力と技が必要
こちらは荒削りという、ガラスにカットを施し彫刻のように紋様をいれていく、最初の工程です。鮮やかなガラスの切子細工は、透明なガラスの表面に色のついたガラスを被せ、その色付きの部分のみを削ることで模様を描き出していきます。
江戸切子は、この色のついた表面のガラス素材が薄いのが特徴。ちょっとのカットで内側の透明なガラスが現れてしまうため、美しいカットを施すのは実に緻密で繊細な作業。相当な技術が必要です。
墨付け割り出しから荒削り、二番掛け、三番掛けと削りを細かくしていく。石掛けを施すとガラスが透明に
この日カットを施していたのは、江戸切子士ですみだ江戸切子館のマイスターでもある川井更造さん。川井さんは江戸切子制作を手がけて30年弱という熟練の職人ですが、「一人前の職人として一通りの工程ができるようになるには、10年以上の歳月は必要ですね」と話します。江戸切子の技術習得のためには、根気よく続けていくことが大切。力の入れ加減やブレのない手の動きを、何年もかけて体に染み込ませていくのです。
江戸切子士の川井更造さん
「最初は力の入れ加減とか、まっすぐにカットをするのが非常に難しかったです。最初の2、3年を我慢できるかどうかですね」と江戸切子の技術習得の難しさを教えてくれました。
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江戸切子の紋様を知ろう
さて、青や赤、紫、緑やピンクなどさまざまな色を持つ江戸切子ですが、注目したいのはその紋様。幾何学な模様が施されたものが一般的ですが、これらは江戸発祥の細かい柄が入った着物「江戸小紋」で使われる紋様を使った柔らかで粋なデザインが多くあります。
例えば、細かなカットで魚卵が連なっているように見せる「魚子(ななこ)」。江戸切子の紋様の定番とされるこの柄は、切子の持つ美しさを存分に引き出してくれる柄です。
すみだ江戸切子館では、10の紋様を名称とともに展示しています。それぞれの意味を見ていきましょう。
店内には江戸切子の10の紋様が展示されている
【江戸切子 紋様例】
<魚子(ななこ)>
江戸切子の代表紋様。細かなカットが魚卵が連なっているように見えることからこの名がつけられた。
<菊繋紋>
細かなカットを施した、こちらも江戸切子の代表紋様のひとつ。不老長寿を意味する菊の花に見えることからつけられた。
<あられ紋>
「霰(あられ)」が交差するように空から降る様子を表した紋様。
<菱宝紋>
七宝紋様から派生した華やかな紋様。円形の柄が連鎖することから、円満・子孫繁栄などの意味が込められている。
<六角篭目紋>
竹かごの網目模様「篭目」を六角で表現した紋様。魔除けの柄として贈り物などに人気。
<八角篭目紋>
魔除けの意味を持つ篭目紋の中でも、縁起のよい模様として使われてきた「八角」の篭目紋。
<蜘蛛の巣紋>
外側に向かって広がっていく紋様。蜘蛛の巣の性質になぞらえ「幸せをつかむ」といった吉祥紋様としても使われてきた。
<重ね矢来紋>
「矢来」とは竹や丸太を荒く組み作る垣根のこと。魔除けの意味を持つ。
<麻の葉紋>
成長の早い麻の葉になぞらえ、子供の健康的な成長への願いを込めた紋様。
<剣に松葉紋>
一年中枯れない松の木を強い生命力を持つ象徴とし、縁起の良い松葉柄を施した紋様。
ほかにも江戸切子で使われる紋様はさまざまあります。店内で気になる柄の商品を見つけたら、ぜひその名称や意味を聞いてみてください。
大正・昭和時代に発展した日本のガラス
明治32年に創業してから120年、ガラス作りを続けてきた廣田硝子株式会社。江戸切子だけでなく、さまざまなガラス製品を生み出してきました。ここからは、大正・昭和時代に作られてきたガラス製品を復活させた、より日常使いしやすいガラス食器たちを紹介していきます。
錦糸町駅から徒歩約3分。「すみだ和ガラス館」は廣田硝子株式会社に併設している
足を運んだのは、すみだ江戸切子館から徒歩約3分、同じく錦糸町エリアに立つ「すみだ和ガラス館」。こちらは廣田硝子株式会社が手がける、ガラスのための資料室・研究室がひとつになった体験学習スペース。1階には廣田硝子株式会社が生み出したガラス商品の直営ショップを併設しています。
さまざまな技法で生み出す懐かしいガラス製品
普段何気なく使っているガラス食器たちですが、実はグラスひとつをとっても、異なる技術や技法を使い作られています。
例えばこちらのドットが浮き出た「あられ」シリーズ。淡く柔らかな黄色やピンクの色味を携えたあられシリーズは、熱したガラスを型に流し込み、プレスして形を作る技法によって作られています。涼しげな表情で、和洋のスイーツを盛り付けるのにもぴったりです。
「雪月花・あられ」シリーズ(1,100円〜)
こちらもプレスの技法を使って作られた、昭和の喫茶店をイメージさせるレトロなグラスたち。「復刻タンブラー / プレス皿」などの「復刻」シリーズです。
「復刻」シリーズ(880円〜)
タンブラーは底が厚く作られているのが特徴ですが、実はこれ、飲料を出す飲食店側のメリットを考えてこのような形になったのだと廣田さんは話します。底を厚く作れば作るほど、注ぐ飲料は少なくて済みますし、ガラスの光の屈折により、飲み物が目一杯注がれているように見えるという優れもの。
底の分厚いタンブラーは昭和時代の喫茶店でよく使われていた
日本人であれば懐かしさすら覚えるこちらのシリーズは、値段も1,000円台のものが多くお手頃。来客時のグラスとして重宝してみてはいかがでしょうか。
やわらかな乳白色の柄が美しい「大正浪漫硝子」にも注目
なかでも注目してほしいのが、大正時代に盛んに作られていたという、あぶり出し技法を用いた「大正浪漫硝子」。乳白色で描かれた模様は絵付けのように施しているのではなく、凹凸のついた模様型に熱したガラスのタネを吹き込み、あぶり出していくという特殊な方法により生み出されています。
大正浪漫硝子(2,750円〜)
乳白色の色味は骨灰などのカルシウムによって作り出しており、「十草」や「青海波」といった江戸小紋をベースとした美しい幾何学模様が施されたものも多く、贈り物としてもおすすめです。
アウトレット品も用意。自宅用に購入するにはぴったり
江戸切子をもっと身近に
すみだ和ガラス館にも、もちろん江戸切子が並んでいます。こちらで取り扱うのは、格式の高さを感じさせる美しさはそのままに、さらにモダンに、カジュアルに使える工夫を施した江戸切子たち。なかでも、廣田硝子株式会社がオリジナルで生み出した「江戸切子 蓋ちょこ」はぜひチェックしてみてください。
「江戸切子 蓋ちょこ」(22,000円〜)
「蓋ちょこ」は、蕎麦ちょこサイズのグラスと、同じ柄を携えたシャーレのような蓋がついたセット。蓋部分にもカットを施しているため、蓋としてだけでなく、お皿のように使えるのが魅力的です。蕎麦つゆに入れる薬味を乗せたり、おつまみを乗せたり。箸置きのように使うのもステキです。さまざまな形で利用できる蓋ちょこシリーズなら、もっとフレキシブルに江戸切子を楽しめるに違いありません。
ほかにも切子細工を施した文鎮や万華鏡など、酒器、食器以外の切子製品も揃っています。うっとりするほど美しい江戸切子たちを、ぜひ日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。
日本の文化と伝統を受け継ぐガラスを探しに
江戸時代に西洋のガラス製品が日本に入ってきてから、明治・大正・昭和時代を経て、さまざまなガラス作品が生まれてきました。歴史と伝統を受け継ぐ作家・職人の作品から、もっとカジュアルに、日常使いができるガラス食器まで。自分のお気に入りのガラス食器に出会いに錦糸町に足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。