【PROFILE】この人たちに話を聞きました
【INTRODUCTION】ノスタルジックな空気が漂う波浮港
【INTERVIEW】『Hav Cafe』寺田直子さん
メキシコ滞在中に波浮港の空き物件を発見
伊豆大島では全国各地への取材と、島暮らしが両立可能
「その土地」のため、自分にしかできないことを
未来の世代のために 波浮港から伊豆大島を変える
【INTERVIEW】『たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天』河村智之さん
一人でふらりと訪れた伊豆大島に魅せられ何度も通った
伊豆諸島誕生の神話にインスピレーションを受け、たい焼きカフェをはじめる
島の外からやってきた人が変えた 波浮港の歴史
「たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天」のこれから
地元の人に聞いたフェイバリットスポット/伊豆大島編
Information

東京なのに大自然を感じられる島、伊豆大島。火山島ゆえに珍しい地質・自然環境を持ち、島全体が日本ジオパークに認定されています。

伊豆大島の南側にある小さな港町、「波浮港(はぶみなと)」は、火口の跡にある町。かつては土地の価格が日本一になるほど隆盛を極めましたが、月日が流れ、今は静かでノスタルジックな空気が流れます。

島の世界観と波浮港に魅せられ、移住し、古い空き家をリノベーションしてカフェをオープンした二人がいます。移住者ならではの視点、それぞれのキャリアを通しての視点で見える、伊豆大島&波浮港の魅力、これからのことについてお聞きしました。


Photo&Text:Erika Nagumo
Special Thanks:Koji Yoshimoto(青とサイダー ao to cider)/東海汽船

【PROFILE】この人たちに話を聞きました

寺田直子さん

東京都出身。トラベルジャーナリスト。世界と国内各地を取材して回り、独自の視点で執筆活動を続けています。寄稿媒体は『自遊人』『CREA Traveller』『ELLE online』など。訪れた国は90カ国以上。執筆業の傍ら、2021年に伊豆大島にIターン。波浮港の古民家をリノベーションし「Hav Cafe(ハブカフェ)」をオープン。オープン後間も無くドラマ『東京放置食堂』(テレビ東京)の舞台となり一躍人気店に。著書に『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)など。

河村智之さん

山口県出身。2006年に伊豆大島にIターン。夫婦で営む「たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天(とうきょうぼんてん)」はオープンから12年が経ちました。観光客にも地元の子どもたちにも愛されるたい焼きは、もっちりした生地と、パリパリの羽が特徴。『東京のたい焼き ほぼ百匹手帖』(イワイ サトシ著/リットーミュージック)では巻頭で特集され、たい焼きのために伊豆大島を訪れる人もいるほど。合言葉は「ハブスキ〜♪」。

【INTRODUCTION】ノスタルジックな空気が漂う波浮港

波浮港の通り

「波浮港」バス停からすぐの通り

伊豆大島は、東京本土より南へ120kmの海上にある火山島。大きさは山手線1周分ほどで、島の中央には活火山の「三原山」がそびえます。その三原山を中心に、ダイナミックな大自然の景観が広がります。

首都圏からは飛行機または船でアクセスが可能。最短25分の移動で「東京都内」とは思えない景色に出合えます。河村さんの言葉を借りて言えば、コンクリートジャングルの都心とは別世界の「アナザー東京」。

伊豆大島で観光の拠点となる主なエリアは、三原山山頂周辺、元町、岡田、波浮港の4カ所。波浮港はかつて漁業で栄え、現在はノスタルジックで風情ある街並みが魅力です。寺田さんが営む「Hav Cafe」は港のすぐそば、河村さんが営む「たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天」は港より高台の場所にあります。

【INTERVIEW】「Hav Cafe」寺田直子さん

寺田直子さん

「Hav Cafe」の店主でトラベルジャーナリストの寺田直子さん

メキシコ滞在中に波浮港の空き物件を発見

ヨーロッパ、アメリカ、東南アジア、南米、アフリカ……。100カ国近くの国を訪れ、1年の半分ほどをホテル泊で過ごす生活を続けてきたトラベルジャーナリストの寺田直子さん。その土地に暮らす人や文化、自然が持つヒストリーを丹念に拾い、言葉にして伝えてきました。

そんな寺田さんが長年にわたる取材・執筆の日々にひとつの区切りをつけ、次の活動の場として選んだのは、伊豆大島・波浮港。2021年2月、古民家を再生したカフェ『Hav Cafe』をオープンし、現在は執筆業と並行してカフェの店主も務めます。

日本各地・世界各地を巡ってきた寺田さんが、なぜ伊豆大島に移住を決めたのか、ほかにも住みたいと思う場所はあったんじゃないか。疑問をストレートにぶつけてみました。

寺田さん:
「40年間いろんな場所を旅して、いろんなものを見てきました。だから、私はどんな場所でも暮らしていけると思います。それでも波浮港に来たわけは、この物件(Hav Cafeの物件)に出合えたことが大きかった。」

Hav Cafeの外観

「Hav Cafe」の「Hav」とはデンマーク語で「海」という意味。波浮港とかけて2つの意味があります

寺田さん:
「大島は昔からよく遊びに来るところでした。出身が東京の調布市で、自宅の近くに調布飛行場があったので。
調布飛行場から大島に行く飛行機が出ているのですが、それに乗ってしまえば大島まではあっという間。こんな大自然の島に、ワープしたように行けるのが刺激的で、何度も通っていました。

私は昔から間取り図とか、物件情報を見るのが好きなんですが、いつからか大島の空き物件情報もチェックするようになっていました。
シマラボ』というサイトで大島の空き物件情報を扱っているので、それをときどき見ていたんです。取材でメキシコを訪れましたときも、時差ぼけで夜中眠れず『シマラボ』さんを見ていました。その時に出てきたのが、Hav Cafeの物件でした。

物件情報を見てすぐに『あ、あそこだな』というのは分かりました。友人と一緒に散策していたときに『このあたりに1軒、カフェがあればいいのにね』『あの物件なんかちょうどよさそう』って話していたまさにその物件だったから。
ちょうど売りに出されたばかりのタイミングで、すぐに連絡しました」

Hav Cafeの店内

購入時は廃墟のようだったという建物はリノベーションを経て美しく生まれ変わりました。手掛けたのは、東京・調布市のカフェ「手紙舎 つつじヶ丘本店」をデザインした井田耕市さん

Hav Cafeの建物があるのは、港のすぐ近く。観光客が写真を撮るときに、必ずといっていいほど写り込む場所です。「波浮港の通りは風情があるけれど、ギリギリの状態でもある」と寺田さんは話します。

寺田さん:
「もしも仮に私以外の誰かがこの物件を購入したとして、その誰かがこの物件をサッシ窓の住宅とかにしてしまったら、間違いなく景観のバランスが崩れると思ったんです。

パズルのピースみたいに、ここが欠けたらいけないと思って、『押さえておかないと』という気持ちがありました。

もしかしたら逆に、私以外の誰かが購入してすごくいいものになっていたかもしれないけれど、全くの逆もあり得るわけで。この通りの雰囲気を失くさないために、押さえておきたかった。だから遠いメキシコですぐに物件購入の連絡をしました。

もしもこの物件の募集がでていなければ、私はまだ大島に住んでいなかったかもしれないですね。まだもっとほかのところがあるって、探していたかも。この物件とのご縁です。」

寺田さんがセレクトした食器や雑貨

お店では寺田さんがセレクトした食器や各国の雑貨も購入できます

伊豆大島では全国各地への取材と、島暮らしが両立可能

伊豆大島に移住し、カフェをオープンしてからも執筆業は続けているという寺田さん。島だから地方取材は難しいのかと思いきや、意外とそうでもないとのこと。

寺田さん:
「お店をオープンしたのは2021年の2月。1年と8カ月が経ちましたが(※取材当時)、カフェと執筆業の両立はできていると思います。大島だからできているのかもしれないですね。だって120kmしか離れていないんですから。

カフェの営業は週4日。1週間のうちの残りの3日は、波浮港の自宅で執筆することもあれば、取材に行くこともあります。たとえば3日あれば地方取材に行くことだってできるんですよ。

1日目は朝に大島を出れば、お昼には東京駅にでも羽田空港にでも到着できます。大島を出たその日の午後には北海道だろうが沖縄だろうが、だいたいの場所には行けるんです。

2日目はフルで取材に使って、3日目もギリギリまで取材。3日目の21時頃までに東京に戻ってくれば、大島行きの大型客船に間に合う。そうしたら翌朝6時大島に到着するので、10時からのカフェの営業には間に合います。

先週まさにそんな感じで茨城県まで取材に出て、朝大島に帰ってきてお店を開けました。ちょっと、軽く死ぬんじゃないかとは思いましたけれど、できました。」

Hav Cafeのピザトースト

「ピザトースト」に使用するパンは島内の「黒潮作業所」で焼いたもの

「その土地」のため、自分にしかできないことを

パワフルにカフェも執筆業もこなす寺田さんですが、今は執筆業で引き受けるものはある程度絞っているとのこと。今は下の世代に仕事を繋ぎつつ、自分にしかできないことをしたい、と話します。

寺田さん:
「トラベルジャーナリストとしての仕事は40年続けたので、『やりきったな』という思いはあるんです。それに、私じゃなくても後輩たちができそうな仕事もあったりするので、彼らに振ることもあります。後輩たちに経験を積んでもらいたい、という気持ちもありますし。逆に私は、私だから書けるもの、書きたいものをやっていきたいと思っています。

観光って平和産業と言われますが、その土地の人や環境に負荷をかけるものでもあるんです。負荷をかけてまで行くからには、その土地に還元されるものがあってほしい。例えば観光客がお金を使えば、そのお金はその土地の人に還元されますよね。私もその土地のためになる記事を書きたいと思っています。

大島でも、私にしかできないことはあると思っていて、島暮らしの書籍の執筆も考えていますし、Hav Cafeも育てていきたい。『島にHav Cafeがあってよかった』と言われる存在になりたいですよね。それから、大島が好きだから移住したわけなので、もっとたくさんの人に大島の魅力を伝えていきたいです。」

夕暮れ時の港に灯るHav Cafeの優しい明かり

夕暮れ時の港に灯るHav Cafeの優しい明かり

寺田さん:
「今後コロナがもっと収まってくれば、海外のお客さんも大島に来るようになると思いますが、今は言葉の問題だとか、まだまだインフラが整っていない状態なんです。その解決のために、私の40年のトラベルジャーナリストとしての経験や知見は活かせると思うし、たぶんそれは他の人にはできないこと。だから、ぜひ大島のために私を利用していただきたい。私が大島にいることで、何か面白い動きが出て来ればいいなと思っています。

でもそれはひとりではできないから、波浮港にいるメンバーと協力するところは協力してやっていきたいですね。
今、波浮港にはパッションを持った若い世代の人たちがたくさんいます。もし彼らが悩んだり迷ったりすることがあればサポートできるような存在でいたいと思っています。」

Hav Cafeのドリップコーヒー

大のコーヒー好きだという寺田さん。豆はその時々で変わることがあります。ドリップコーヒーは「コクのあるタイプ」と「酸味のあるタイプ」から選べます

未来の世代のために 波浮港から伊豆大島を変える

寺田さん:
「大島の中心は『元町』というエリアですが、そこから波浮港までは車で20分くらいかかるので、『波浮港は遠い』と言われることはよくあります。規模も小さいから『波浮港は何もない』と言われたり。私がここで飲食店をはじめることになったときも、『あんなところじゃ無理だよ』と言われたりしました。

だけど、2021年は『東京放置食堂』(テレビ東京)に出演させていただいて、それをきっかけに訪れてくれた方が大勢います。それに、ドラマの影響で大島の特産品のくさやがすごく売れたんです。すでにものすごいチャンスを掴んでいるんですよね。その1回のチャンスの効果ってすごいと思うんです。

ここ数年で波浮港にはゲストハウスが何軒ができて、今まで日帰りだった観光の人たちが波浮港に泊まるようになりました。そうしたら今度は食事ができる場所がない、ということで居酒屋もできました。

そうやって波浮港に来る人がどんどん増えれば、もしかしたら路線バスの本数が増えるかもしれないし、そうすると大島全体で観光が変わってくるかもしれないですよね。

何もしなくてもいいのかもしれないけれど、絶対に先細ってくるんです。私や波浮港の若い世代が考えてるのは、自分たちのことじゃなくて、自分の子どもとか、その次の世代のこと。

大島で生まれても、やりがいのある仕事がないから、島の外に出て結局帰ってこない。今までのそんな状況を変えたい。島が好きな子どもたちも絶対いるので、その子たちが『やりたい』と思える仕事がもっといっぱいある、そんな島にしていきたいですよね。

ただ、島全体で動かしていくのはなかなか難しいので、まずは波浮港という小さいエリアから。この場所が好きないろんな人たちが集まってきていて、何か大きな化学反応が起こるかもしれない。私は、波浮港がひとつの成功モデルになればいいと思っています。」

【INTERVIEW】「たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天」河村智之さん

河村智之さん

「島京梵天」の河村智之さん。近隣の住人からは「トモさん」と呼ばれ慕われています

一人でふらりと訪れた伊豆大島に魅せられ何度も通った

波浮港から「踊り子坂」を登った先にある古民家。看板には「島京梵天」の文字。ガラスがはめ込まれた木の引き戸を開けると、店主の河村智之さんが笑顔で迎えてくれました。

河村さんが伊豆大島に移住したのは2006年こと。結婚を機に夫婦で移住したそう。

河村さん:
「自分は山口県出身で、妻は岩手県出身。お互い新聞奨学生として18歳のときに上京しました。同じエリアで配達を担当しているうちに顔見知りになって、長年友達だったんだけれど、最後は結婚しました。

伊豆大島移住のきっかけは、僕がぶらっと一人旅で大島を訪れたこと。大島の第一印象は『何ここ東京?』。すっかり魅せられて、しょっちゅう通うようになりました。それで2006年、結婚と同時に大島に移住したんです。お互いの田舎に行くのも良かったんですが、東京の面白い友達たちを招いたりできるような環境が、この大自然の中にあるなと思って。」

伊豆諸島誕生の神話にインスピレーションを受け、たい焼きカフェをはじめる

伊豆大島に移住後はじめのうちは、玄米菜食のランチを提供するカフェを営業していたそうですが、なかなか軌道に乗らなかったという河村さん。そんなとき、伊豆諸島誕生にまつわる伝説にちなみ、たい焼きカフェをはじめようと思いつきます。

河村さん:
「伊豆大島含めて、東京の南に連なる島々を伊豆諸島または伊豆七島と呼ぶのですが、それらの島々を創ったのが、三島大明神だと言われています。三島大社のご祭神ですね。『事代主命(ことしろぬしのみこと)』という名前の神様なんですが、七福神の『恵比寿さま』のことです。

それでその恵比寿さんが背負っている鯛を見て、縁起もいいし、『鯛焼いてみるか』と、たい焼きを思いつきました。移住をしてきてから建物の改修をしていると、縁側から溶岩にくっついた恵比寿さんの像が出てきたこともあって。そんな出来事にも背中を押された気持ちでした。」

島京梵天の店内

「島京梵天」の店内には七福神や恵比寿さまにまつわるアイテムがあちこちにあります

河村さん:
恵比寿さんって、漁業の神様でもあるから、このあたりの漁師の家では玄関とか床の間に恵比寿さんをお祀りしている家も多いんです。うちから出てきたのも、前に住んでいた人が祀っていたものだと思います。

そしてたい焼きカフェを始めて1年くらいのとき、テレビ朝日の『ちい散歩』で取り上げてもらう機会があって、以来みんなに知ってもらえるようになりました。コツコツやってるうちに、気が付いたら12年が経っていましたね。」

河村さんが作るたい焼きは、大島牛乳や地玉子、島の塩を使用。伊豆大島の恵みがつまった一品です。メニューは「あんこ」「カスタード」「ハムチーズ」「明日葉」など。定番は〝羽根付き〟で、もっちりした生地と、パリパリした羽根の2つの食感が楽しめます。
また、ドリンクは大島牛乳や大島牛乳のカフェオレ、明日葉オレなど、島ならではメニューが充実。

島京梵天の明日葉のたい焼き

冷蔵庫で冷やしてもおいしい、明日葉のたい焼き。淡いグリーンが綺麗です

島の外からやってきた人が変えた 波浮港の歴史

伊豆大島の波浮港というエリアで長年お店を続けてきた河村さん。10数年前の波浮港はあまりお店もなく、島の人には『なんで波浮港で商売するの?』と言われることもあったそう。

河村さん:
「もちろん島全体でいいところはいっぱいあるけど、自分は波浮港にインスピレーションを感じたんです。なんだろうな、時間の流れだったり空気感だったりですかね。静かだけれど歴史があるし。」

かつては港が船でびっしり覆い尽くされるほど盛えた波浮港。「伊豆大島ジオパーク認定ガイド」の資格も持つ河村さんに、波浮港の歴史をレクチャーしてもらいました。

波浮港見晴し台からの眺め

火口湖が海と繋がり、人力で開拓してできた波浮港

河村さん:
「波浮港って、今は海とつながっていますけれど、もともとは火山の火口湖で、海とつながっていなかったんです。1703年に起きた元禄地震による大津波で海とつながりました。
1800年に、今の千葉県出身の秋広平六(あきひろ へいろく)さんという人が波浮に訪れて、港の工事が始まります。

平六さんははじめ炭焼きの名人として千葉で暮らしていました。あるとき江戸から来た商人に、村抜けしないか、と誘われ江戸へ行き、商人の知恵を学びました。さらに、伊豆半島の下田から伊豆諸島に商船が出ていると知って、船乗りの技術も身につけました。

その後、平六さんは伊豆諸島の島々を訪れ、炭焼きの技術やじゃがいもの殖産を広めていたのですが、ある時大島へ、薬草探検の案内役としてついて行くことなります。そして当時はまだ『はふの池』と呼ばれていた火口湖を見て、港にしたらいいんじゃないか、と思いつくんです。

当時の海運ルートは、東北から太平洋を通って房総半島、伊豆半島の順に立ち寄り、南風を使って江戸に入るのが一般的でした。
だけど西の風が吹いたり、東北の風が吹いたりすれば海が荒れて、船がひっくり返ってしまう。江戸幕府は頭を抱えていたんですね。」

江戸時代、波浮港が整備されるより以前の海運ルート図

江戸時代、波浮港が整備されるより以前の海運ルート

河村さん:
「そんな事情が頭にあった平六さんは、大島の南に港があれば、より短い距離・短い時間で江戸に行けて、リスクも経費も抑えられる、と思いついたわけです。そしたらそれはいいアイデアだ、ということで江戸幕府の公共事業として、港を整備する大工事が始まりました。」

江戸時代、波浮港が整備された後の海運ルート

伊豆大島に港があれば効率的な海運ルートができる! 平六さんはそう思いつきました

河村さん:
「地震で火口湖と海がつながったと言っても、船が安全に入れるようにするには出入り口を広げる必要があって、港整備の工事では人力で開港部を掘り割りしました。江戸末期の公共事業としては一番の難工事と言われたそうです。

こうして新しい海運ルートができてからは、漁師もたくさん波浮港にやってくるようになりました。大島の沖には「大室ダシ」という好漁場があったので、全国から漁師が集まったんです。そして一番近い波浮港で魚を卸すようになりました。それが明治〜昭和初期頃です。

昭和初期の頃の写真なんかを見ると、波浮港は船がびっしり。町も賑わっていて、昭和初期には、タバコの数・酒の売上・切手の販売部数・土地の販売価格が日本一という時代がありました。

ただ、昭和30年代を過ぎると、船の性能が上がり、全国から来ていた漁師たちは波浮港に立ち寄らず、まっすぐ自分の地域に戻るようになりました。そうして波浮港は次第に役割を終えていきました。」

「たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天」のこれから

1800年代に島の外からやってきた人が港を開き、歴史が作られた波浮港。河村さんもまた島の外からやってきた移住者で、「島京梵天」の存在が、現在の波浮港の流れに影響を与えています。

島全体で民宿や商店が減る中、波浮港にできたゲストハウス『露伴』と『青とサイダー』。そのふたりのオーナーは波浮港出身。「島の外からやってきた人(=河村さんのこと)が波浮港を盛り上げているのに、地元出身の自分たちが何もしていないのが悔しかった」と話します。

河村さん:
「自分ではまったく、地域おこしとか、波浮港を盛り上げるってことは意識していませんでした。鯛って縁起ものだから『みんなを元気にしたい』『地域のみんなにも観光のお客さんにも喜んでもらいたい』って気持ちでやってきたと思います。地道にやっていただけですけど、それで誰かの刺激になれたのならよかったのかなと思います。」

島京梵天のお店に立つ河村さん

2022年は「島京梵天」にとって干支ひと回りの節目の年

河村さん:
「ここ2〜3年くらいの間で、波浮港に新しい流れができてきた感じはしますけど、でも別に『よっしゃ、みんなで島盛り上げようぜ』っていう感じではなくて、各々がやりたいことをやってる印象です。かなり独立友軍的な感じですね。

『島京梵天』はこの先具体的にどうこうしていこうっていうのはないんですけれど、今は一旦原点回帰しています。2022年で12年、干支ひと周り分経ったので、実は2月にお店をリニューアルしました。

前はもっといろんなメニューがあったけれど、今は絞ってシンプルにしました。席数も減らして、テイクアウト中心にしてみたり。たい焼きって片手で食べられるし、大島はどこに行っても景色がいいから、どこで食べたっていいじゃないですか。もちろんお店で食べてもらってもいいですし。お店は席数を減らした代わりに、下にスコリアを敷いて裏砂漠っぽくしてみたんですよ。裏砂漠ってレンタカーだとなかなか行きにくいから、ここで裏砂漠の雰囲気をちょっとでも味わってもらえたらなって。

波浮港や岡田では、地元の人たち、新しく移住してくる人たちが何か新しいことを始めたり、島のためにアクションを起こしたりしていて、雰囲気が変わってきています。自分はそういう流れがうまくいくように、裏方としてコツコツやっていけたら、と思っています。今までそうだったように。すごくシンプルな感じですね。」

島京梵天の店内

三原山のスコリア(火山噴出物の黒っぽい小石のこと)が敷き詰められている店内

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地元の人に聞いた〝マイフェイバリット大島〟

筆島

河村さん:
「筆島は古い火山の、硬い部分が残ったものです。実は歩いて島の根元まで行けるんですよ。ただ期間が限られていて、5月中旬〜台風が来るまでの砂が戻ってきている期間。砂が多い時期は遠浅のビーチになってとっても綺麗ですよ。
それから雨が降ったあとは『烏兎の滝(うとのたき)』という滝もできますし、筆島の入り口のところには観音様の顔みたいな岩もあるので、ぜひ探してみてください。」

筆島の景色いろいろ

(上)砂が戻ってきている間は筆島の周囲が鏡のようになります (左下)観音様のような岩 (右下)朝日と重なった筆島はロウソクのよう(写真提供:3点ともに河村さん)

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Information

■Hav Cafe(ハブカフェ)
住所:東京都大島町波浮港1(波浮港バス停すぐ)
時間:10:00〜17:30
定休:水〜金曜
公式Instagram:ハブカフェ
公式Twitter:@havcafe

■たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天
住所:東京都大島町波浮港6
時間(カフェ):11:00〜17:00
定休(カフェ):月・火曜
料金(宿泊): 1棟貸切1泊 2万4000〜3万6000円(※時期・人数により異なる)
公式サイト:たい焼きカフェ&ゲストハウス 島京梵天