日本の夏の風物詩といえば、花火に夏祭り、盆踊りや流しそうめん…などさまざま。忘れてはいけないのが、「夏の音」を奏でる「風鈴」の存在です。今ではエアコンが普及し自宅に風鈴を吊るしているという人はほとんどいないようですが、かつては風鈴が民家の軒先や窓際に吊るされ、夏の暑さを柔らかな風鈴の音が和らげてくれていました。
風鈴にもさまざまな種類があり、南部鉄器でできた南部風鈴が特徴的ですが、今回紹介するのは、そんな日本の音を奏でる風鈴の歴史と、都内で購入できる「江戸風鈴」という伝統工芸品について。東京都の伝統工芸品に指定されている江戸風鈴とは、一体どんなものなのでしょうか。一般的な風鈴との違いについても探っていきます。
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日本の夏の風物詩「風鈴」の歴史
「日本の夏の音」として親しまれている「風鈴」
「ちりんちりん」とやさしい音を奏でる、日本の夏の風物詩「風鈴」。ほのかに吹いた風に風鈴が揺らされ、涼感のある音色を奏でてくれる小さな鈴です。そもそも風鈴はどのように日本全国に広まっていったのでしょうか?その歴史を簡単に紹介します。
日本に風鈴が伝来したのは奈良時代
日本で風鈴が作られるようになったのは、遥か昔の奈良時代の頃。中国から、仏教とともに遣唐使によって日本に伝えられました。
中国から「風鐸」が伝わったのが風鈴のはじまり
風鈴は「風鐸(ふうたく)」という名称で日本に伝来し、今のような涼感を楽しむ鈴としてではなく「魔除け道具」として日本で発展していきます。元の中国では占い道具として使われていましたが、日本では「病や邪気を運ぶ災いの強風」から身を守るものとして広がるように。現在でも、神社やお寺の屋根部分にぶら下がる風鐸の姿を見ることができます。
寺社の屋根に吊るされている青銅製の風鐸
「風鈴」という呼び名は平安時代から
平安・鎌倉時代になると、貴族が魔除のために軒先に風鐸を吊るすようになったそう。この時はもちろんガラス文化は日本にはなかったため、風鐸は青銅製。風鈴のふわりと揺れる短冊部分もなく、小さな鐘のような形でした。この時から、風鐸という呼び名から「風鈴」という名称になったといわれています。
江戸時代にガラス製になり庶民の手に
現在のガラス製の風鈴の姿が生まれたのは、江戸時代になり、品質のいいガラス製法が日本に伝わってからのこと。ガラス製法の伝来には諸説あり、西洋の医療道具のひとつとして伝来したともいわれています。西洋のガラス製品は長崎の出島を通して日本へと入り、風鈴もガラス製のものが作られるように。ですが当時はガラスが非常に高価で、風鈴は現在の価格でいうと200〜300万円したとされています。
ガラス製の風鈴が庶民に広まったのは江戸時代末期以降
時代が進み、徐々にガラスの原材料が安価になっていき、ようやく庶民の手にガラス製の風鈴が届くように。この時もまだ風鈴は魔除けのためのもので、庶民はかつての貴族と同じように軒先や縁側に風鈴を吊るしていました。
そして、風鈴をひとつの飾りやインテリア、おしゃれな雑貨として楽しむ文化も生まれます。夏のはじめから終わりまでは風鈴を吊るし、秋になるころには風鈴をしまい次の季節の風物詩であるスズムシを飼ってその鳴き声を楽しむ、というスタイルが定着。すると次第に、「風鈴は夏の風物詩」という文化が日本の人々に築かれていったのです。
300年続く江戸の音色「江戸風鈴」とは
現在ではエアコンが普及し、夏でも窓を開けることなく、涼しく快適な室内生活を楽しむことができるように。微弱な風でも涼感を楽しめる風鈴の音は、一般住宅では徐々に聴こえなくなってしまいました。
ユニークな形の風鈴も
しかし、今でもなお江戸時代の製法と伝統を受け継ぎ作り続けられている風鈴もあります。そのひとつが、東京の伝統工芸品でもある「江戸風鈴」。一般的な風鈴とはどのような違いがあるのでしょうか?
江戸風鈴とは?
東京都の伝統工芸品にもなっている「江戸風鈴」とは、その名の通り江戸である東京で作られる風鈴のこと。
しかし、東京で作られる全ての風鈴が江戸風鈴、というわけではなく、「江戸風鈴」というブランド名を使えるのは、都内に立つ「篠原風鈴本舗」と「篠原まるよし風鈴」の2カ所のお店で作られた風鈴のみ。東京都江戸川区に構える篠原風鈴本舗の2代目が、江戸時代の製法を受け継ぎ、江戸(東京)で作られているという理由から「江戸風鈴」と名付けたことで誕生しました。
江戸風鈴の3つの特徴
江戸風鈴は、私たちが親しんできたガラス製の風鈴です。一見すると一般的な風鈴と違いはなさそうですが、そこには隠れた職人の技やこだわりが詰まっているのです。
1. あえてギザギザにした縁
江戸風鈴の一番の特徴は、音色。
一般的な風鈴は「カランコロン」と澄み弾んだ音色がします。それに対し江戸風鈴は、少しザラつき感が残るような、擦れた心地のよい音を奏でるのです。その理由は、風鈴の縁をギザギザにしているから。
風鈴の切り口がギザギザになっている
切り口部分はバーナーなどであぶればツルツルになるのですが、あえてその工程を施さず、ギザギザのままにしているのです。すると、風鈴の「舌(ぜつ)」と呼ばれるおもり部分が軽く触れただけで優しい音色が響くようになります。
2. 宙吹きで作る唯一無二の風鈴たち
江戸風鈴は、ひとつひとつ職人が宙吹きでガラスを膨らませ、風鈴を作っていきます。一般的な風鈴の多くは型にガラスを流し込み成型し大量生産できるようになっていますが、江戸風鈴は300年以上続く製法である宙吹きを受け継いでいるのが特徴のひとつ。そのため、ひとつとして全く同じ風鈴はないのです。
高温の炉から取り出した風鈴を吹いて作る(イメージ)
宙吹きは、1,320℃前後の炉の中で溶けたガラスを使って行われます。ガラスが冷めないうちに、1〜2分でひとつの風鈴をふくらましていきます。一瞬の工程かと思いきや、1〜2分の間には鳴り口の部分になる「口玉(くちだま)」を吹き、本体のガラスを吹き、糸を通す穴を作り…といったさまざまな工程が。経験を積んだ職人でしかこなすことのできない技です。
3. 絵付けは風鈴の内側から
江戸風鈴の3つ目の特徴は、絵付けにありました。風鈴は本来、縁側のひさしや軒先など外気にさらされる場所に吊るして使う物。そのため、風鈴に施した絵が取れにくいよう、江戸風鈴では風鈴の内側に絵付けを行うのです。
一般的な風鈴は柄を外側から描くもしくはプリントされているものがほとんど
外からの影響を受けにくい分、施した絵も乾きにくく、塗って乾かし、また塗っては乾かし…を繰り返す必要があります。簡単な絵でも完成に2、3日はかかるほど。もちろん絵付けもすべて手作業で行うため、複雑な絵になればなるほど、値段も高価になります。
江戸風鈴に出会える場所は?
東京の伝統工芸品にもなっている江戸風鈴ですが、前述の通り江戸川区の「篠原風鈴本舗」と台東区「篠原まるよし風鈴」の2カ所でのみ現在製造が行われています。ですが、都内や関東でこの江戸風鈴に出会えるイベントがあるんです。
縁むすび風鈴(川越氷川神社 / 埼玉県川越市)
縁結びの神社としても有名な埼玉県の川越氷川神社。こちらで毎年行われる夏の催事「縁むすび風鈴」に、篠原まるよし風鈴の江戸風鈴が使われています。
川越氷川神社
縁むすび風鈴のメインでもある「風鈴回廊」は、2,000個以上の風鈴が境内にかけられ、風に揺られて心地よい音を奏でるスポットとして有名。音色が風に乗って「縁むすびの神様」へ想いを届ける…そんな願いを込めて設けられたスポットで、フォトジェニックな写真を撮影できると毎年多くのカップルが訪れています。
人気のスポット「風鈴回廊」
江戸風鈴の商品を購入することはできませんが、江戸風鈴の心地よい音色を楽しみに、ぜひ足を運んでみてください。
ほおずき市(浅草寺 / 東京都台東区)
都内最古の寺院としても知られている「浅草寺」で毎年7月9日、10日の2日間に開催される「ほおずき市」。こちらでは、少しではありますが篠原風鈴本舗の風鈴を販売しています。
浅草ほおずき市の様子
もちろんメインは名前の通り、鮮やかなオレンジに色づいたほおずきたち。古くから「ほおずきの実を丸呑みすると女性の持病や子どものかんの虫(腹の中にいるとされ、腹痛などを引き起こす虫)に効く」という民間信仰があったことから、浅草寺の参拝土産にほおずきを買って帰るといのが通例に。そこから誕生したのが、このほおずき市です。
ほおずきと風鈴が並ぶ
たくさんのほおずきを彩るように、境内には風鈴も多数飾られています。ほとんどが外国製素材の一般的な風鈴ですが、中には数少ないながらも、篠原風鈴本舗の江戸風鈴も販売しているそう。一般的な風鈴との音色の違いも、ぜひ確かめてみてはいかがでしょうか。
江戸時代から続く「江戸風鈴」の音色を現代に受け継ぐ
江戸風鈴を製作している都内の「篠原風鈴本舗」と「篠原まるよし風鈴」は、それぞれ風鈴製作の体験も受け付けています。江戸時代から続く歴史ある方法で、自分だけの風鈴を作ってみては。東京のお土産にも最適です。
今ではほとんど一般家庭で見かけることのなくなった風鈴ですが、夏になると、風鈴をメインとしたイベントや祭り、風鈴市などが開催されていることもあります。イベントやお祭りに足を運び、夏らしい風鈴の音を楽しんでみてはいかがでしょうか。