日本独自の進化を遂げ、独特の風合いと触り・書き心地を持つ「和紙」。古くから大切にされてきた日本が誇る文化のひとつです。そんな「和紙」ですが、日本で誕生した歴史や、作り方、産地を知っているという人は意外にも少ないもの。
今回は、「和紙」のすべてを知り尽くした創業360余年を誇る日本橋の老舗「小津和紙」にお邪魔し、和紙についてさまざまな角度からその魅力を掘り下げていきます。
あわせて、小津和紙で購入できる、日常生活で使いたくなる和紙グッズも紹介。その魅力を知れば、伝統的な技術から生み出される美しい「和紙」という文化を、きっと日常に取り入れたくなるはずです。
「和紙」ってどんなもの?
日本人の生活に深く関わってきた和紙
日本の文化に深く関わりを持つ「和紙」。その魅力を探るために、日本橋に立つ紙商の老舗「小津和紙」にうかがってきました。
老舗が集う東京都日本橋エリアに位置する小津和紙は、創業360余年を誇る紙商。ワンコインでできる手漉き和紙体験が人気ですが、それ以外にも、絵画、書道、インテリアなどに使える和紙を取りそろえているほか、和紙の制作工程や日本における紙の歴史など、1〜3階までのフロアの中で和紙にまつわるさまざまな展示をしています。
1653年創業の老舗「小津和紙」
3階では、申し込みなしでハガキ装飾体験ができる
そんな小津和紙にお邪魔し、今回は、副店長の髙木さんに和紙についてさまざまな角度から話をうかがい、その魅力を探っていきましょう。
副店長の髙木 清さん
そもそも「和紙」と呼ばれる紙は、現在、手漉きと機械抄きの2種類の方法によって作られます。日本で最初に誕生した和紙は、もちろん手漉きによるもの。「和紙」と呼ばれていますが、これは外国生まれの「洋紙」と区別すべくつけられた名前であり、和紙作りの技法を用いて作られた紙の総称となります。
今回は特に、日本の文化として発展してきた「手漉き和紙」に焦点を当て、その魅力を掘り下げていきます。
日本における和紙の発展
小津和紙のビル3階には、小津和紙の歴史や全国各地の和紙の展示がなされているほか、日本に紙の製法技術が伝来し、和紙として浸透していくまでの歴史を辿る「和紙の出来るまで -紙すきの製造工程・和紙保存庫-」が設けられています。
3階「和紙の出来るまで」コーナー
日本における和紙の歴史や製造工程を学べる
紙の渡来は、諸説あるものの、今から遥か昔、西暦610年ごろの飛鳥時代のことと『日本書紀』に記されています。この時代は推古天皇が政権を握っていたころで、「これまでは記録をすべて木簡(木の札)で行っていましたが、国が膨大な戸籍を管理すべく、かさばる木簡ではなく、紙を導入したとされています」と髙木さんは話します。
その後平安時代に入ると、貴族たちの間で紙は主流の文化に。紫式部や清少納言などの女流作家たちも紙を好んで使い作品を生み出していきます。和歌が発展していったのも、貴族たちの間で紙が流通していたからでしょう。
この頃には日本独自の「手漉き」技術が整っており、薄くて丈夫な和紙が作られるようになっていました。和紙は文字を書くためのものとしてではなく、障子やふすま、行灯など、インテリアの一部としても使われるほど身近なものに。
しかし、もちろん和紙を手に入れられるのは貴族たちだけ。庶民にとってはまだまだ紙というものは手の届かない高級品だったのです。
障子やふすまなどのインテリアにも和紙は使われてきた
平安時代がすぎ、時は鎌倉時代。
ここからは貴族ではなく、武家社会となり武士たちが力を持つ時代へと突入していきます。貴族に代わり高級な和紙を手にしたのはもちろん武士たち。書状を書くなどして、紙を積極的に活用していきます。
しかしこの時代もやはり紙は庶民にとってはまだまだ高級品。彼らの手に紙が浸透するのは、そこから何年も先の江戸時代に入ってからです。
江戸時代になると、浮世絵や浮世草子などで和紙が用いられるほか、寺子屋(今でいう学校)などでも紙が使われ、次第に町人たちに「紙」という文化が普及していくことに。出版により印刷がさかんに行われていたこの時代は、手漉き和紙が人々の生活に寄り添う文化として大成した時代と言えるでしょう。
「手漉き和紙」の伝統・作り方
飛鳥時代に日本に「紙」という文化が入ってきてから、手漉きの技法が固まり、全国各地で生産されてきた日本産の和紙たち。その特徴は、軽くて丈夫で、そして破れにくいということ。
紙はそもそも木の皮の繊維を使って作られますが、和紙は数ある木の中でも「コウゾ(楮)」「ミツマタ」「ガンピ」が三大原料といわれています。これらの木は繊維が長いため、漉いて紙にする際、複雑に絡みあうことで破れにくい丈夫な和紙を生み出すのです。
左がコウゾ、右がパルプ。繊維の長さが異なることがよくわかる
その丈夫さと軽さから、和紙を糸のようにして織り上げた「紙布(しふ)」や、紙を揉んで作る「紙衣(かみこ)」があるほど。小津和紙では、和紙により作られたウエディングドレスが飾られています。
3階展示コーナーの一角にウエディングドレスが
同ドレスは実際に着用されたこともあるそう。和紙のしなやかさと柔らかさがよくわかります。
また、歴史的景観が現存し「うだつの上がる町並み」として知られている美濃和紙の名産地、岐阜県の美濃市には、美濃和紙で作られたウエディングドレスを取り扱っているブティックもあるのだそう。
手漉き和紙ができるまで
薄くて軽く、そして丈夫な手漉き和紙。一体、どのようにして作られているのでしょうか?
原料のひとつとして有名なコウゾを例に、その工程を辿っていきましょう。今回は、小津和紙で実施している「手漉き和紙体験」でできる作業を交えながら、和紙作りの様子を紹介していきます。
①コウゾを刈り取り、蒸す
葉が枯れ落ちた頃にコウゾの木を刈り取るところから、和紙作りは始まります。コウゾはクワ科の植物で、繊維の長さは平均約5〜6mmと非常に長いのが特徴。刈り取ったコウゾの木は束ね、皮を剥きやすくするために蒸していきます。
この木たちが和紙になっていく
②皮を剥ぐ・晒す
蒸して柔らかくなった表皮を剥いでいきます。各産地により異なりますが、黒皮・甘皮・白皮の3層から成る表皮のうち、和紙の原料となるのは甘皮と白皮の部分。表皮は乾燥させることで保存が効くようになります。
表皮を剥いたコウゾ
この時点では、まだ真っ白ではない表皮。白さを増すために、きれいな水の中に表皮を浸していきます。この工程を「晒し」と呼びます。自然の力で黄色がかっていた表皮がどんどん白くなっていきます。和紙作りで有名なエリアにとっては、川の中に表皮を晒す光景は冬の風物詩にも。現在では川を使わず、水槽の中で晒しを行うところもあるそうです。
さらに白さをアップさせるために、水に晒したあとに天日干しをする場合も。紫外線により色を抜いていきます。
③煮熟
ソーダや石灰、木灰汁などで原料を煮ることで、皮が柔らかくなっていきます。その後再度流水に晒すことでアクを抜き、さらに原料は白さを増していきます。
④ちり取り
ここで、皮を水の中に浸しながら、小さなゴミを取り除いていきます。皮に残っていた黒い斑点などを手でひとつひとつ取り除いていくという、非常に根気のいる作業。この工程を経ることで、汚れのない真っ白な和紙が出来上がるのです。
⑤打解
何度も水に晒し、日光に当て干し、そしてゴミを取り除くことで白度の上がったコウゾの繊維。これをほぐしていくために、専用の棒で叩くなどしていきます。小津和紙には実際に打解に使われている棒と台が展示されています。
打解で使う台と棒
実際に持ってみるとわかりますが、木でできた棒はかなり重たく、両手で持ち上げるのが精一杯。職人はこれを片手で持って繊維に叩きつけていくというのですから、和紙作りは力も必要だということがよく分かります。
⑥紙料作り
私たちが「手漉き和紙体験」で見る光景が、ようやくここで登場します。漉き舟と呼ばれる桶の中に、ほぐした繊維、水、そして粘料となる「ネリ(トロロアオイなど)」を一緒に入れ、混ぜていきます。
ネリと繊維を混ぜ紙料を作っていく
ここで使われる粘料のネリは、繊維同士をくっつけるノリの役割を果たすのではなく、繊維がより、固く絡み合うようにするためのもの。繊維同士がくっつくのではなく、漉きの工程により絡み合い、和紙が出来上がっていくのです。
⑦紙漉き
「簀桁(すけた)」という道具を使いながら、紙料をすくい上げていきます。
漉き方は「流し漉き」と「溜め漉き」の2種類ありますが、小津和紙で体験できるのは、現在和紙作りの主流にもなっている「流し漉き」。舟内の紙料を簀桁ですくい、前後、左右に平行に細かく揺らしながら繊維同士を絡めていきます。
平行に揺らしていくのがポイント
実際に体験してみると、その難しさに驚くはず。体験の講師も務めている髙木さんは「初めて体験する方でキレイな和紙が1回目で作れるのは、100人に1人くらいのものです」と教えてくれましたが、ちょっとでも平行が崩れてしまうとヨレができてしまい、不格好な和紙に。集中力はもちろん、腕の振り方にも非常にコツが要る作業です。
薄く、均等に繊維が絡まっていればOK
⑧床に積む
漉いたばかりの和紙を積み重ねていく工程「紙床(しと)」。簀にできあがった和紙を1枚ずつ素早い手つきではがし、床に重ねて積んでいきます。
濡れている状態で積んでいくものの、できあがった和紙同士はくっついてしまうことはありません。それだけ和紙1枚1枚の中ですでに繊維が固く絡み合っているということですね。
小津和紙の手漉き和紙体験では、簀桁から和紙を剥がす工程も体験できる
⑨圧搾・乾燥
次に、積んだ和紙たちの水気を、ゆっくりとしぼっていく「圧搾」という工程に入ります。ここで水気をあらかた取りますが、まだまだ乾燥しきってはいません。
圧搾機で水分を抜いていく
圧搾機にかけたのち、紙床から和紙を一枚ずつ剥がし、乾燥させていきます。小津和紙の体験では熱い鉄板に、刷毛で空気を抜きながら貼って乾燥させますが、ほかにも屋外で天日干しするなど、いくつかの干し方があります。
熱い鉄板で和紙を乾かしていく
乾ききったら完成
⑩検品
乾燥した和紙を、最後に職人が1枚1枚丁寧に検品。小さなゴミが入っていないかなど、最後の検査がこのタイミングで行われ、不良品などは再度漉きの工程に戻されます。自然の原料だけを使って作られている和紙は、ほぐすことで再度繊維の状態に戻り、新しい和紙として生まれ変わることができるのです。
ほかにも細かな工程はあるものの、大まかな流れは上記の通り。
たっぷりのキレイな水により漂白されていく和紙は、自然豊かな場所でしか作ることができないことが分かります。ちなみに、100kgのコウゾを刈り取っても、そこから和紙として完成するのは、わずか4kgほどなんだとか。原料からたったの4%しか作られないという希少性も、和紙が貴重なものとして大切にされてきた理由のひとつなのでしょう。
日本各地で生産される和紙
和紙はどこで作られているの?
和紙といえば美濃和紙や土佐和紙などが有名ではありますが、北は北海道から南は沖縄まで、実は全国各地でそれぞれ特徴のある和紙が生産されているのです。これは、原料となるコウゾ、ミツマタ、ガンピなどが全国各地で採取できることと、日本には純度の高いキレイな水がたくさん流れていることが挙げられます。
ここでは、特に有名な「美濃和紙・土佐和紙・越前和紙」について簡単に紹介していきます。
岐阜県「美濃和紙」
伝統工芸品に指定されている美濃和紙。なんと、奈良の正倉院に現存する、日本最古の紙とされている702年の戸籍用紙に、この美濃和紙が使用されているのです。つまり、702年の頃から美濃では和紙作りが行われ、美しい優秀な紙として重宝されてきたということ。
「うだつの上がる町並み」としても知られている美濃市
和紙の品質の良さを決めるのは、薄さや触り心地ももちろんですが、日に透かした時に見える、繊維が均等に絡まっている様も関係してきます。美濃和紙では流し漉きの技法を古来守り抜き、縦・横に何度も簀桁を揺らしていく(十文字漉き)ことで、繊維の均等な絡まりを実現しているのです。
福井県「越前和紙」
越前で作られた和紙を総じて「越前和紙」と呼びますが、その漉き方や原料、特徴はさまざま。ここでは、襖紙として越前和紙を代表する「越前美術工芸紙」について紹介します。
水圧で模様を生み出す「落水紙」
古くから高度な製紙技術を持ち、日本一の品質を誇る越前だからこそ大成できたのが、和紙に色や模様をつけ美術作品のように仕上げていく加工技術でした。水圧を利用して和紙に模様をつける「水玉紙」「落水紙」「水流紙」、金属型を用い地紙に文様を作っていく「引っ掛け紙」など、「漉き」の技術を生かしながら美しい模様を作り出していきます。
地紙と、その上に装飾を施した「上掛け紙」の2層構造から成る美術工芸紙は、昔も今も、襖紙や手工芸用品として重宝されています。
高知県「土佐和紙」
土佐和紙にもさまざまな和紙の種類がありますが、中でも「土佐典具帖紙(とさてんぐじょうし)」は、「かげろうの羽」にも例えられる世界一の薄さを誇る和紙。極薄さと和紙のもつ性質を生かして、美術品の修復などにも用いられています。
かげろうの羽と例えられるほど薄い土佐和紙
非常に薄いその紙は、独特な漉きの方法により生み出されます。縦・横に揺らす腕の動きを激しくすることで、紙料が大きく動き、均一な極薄の紙が作られるのです。
日常に和紙を取り入れたい!おすすめ和紙グッズ
和紙の歴史や作り方、全国各地の和紙について学べるほか、小津和紙では、和紙に関するさまざまなアイテムを取り揃えたショップを設けています。和紙についてじっくり学んだら、ショップで和紙アイテムを購入し、日常生活に和紙を取り入れてみてはいかがでしょうか?
ショップに並ぶのは、鮮やかな友禅紙、かわいらしい千代紙、自分で作ることができる御朱印帳キットちぎり絵に使うグラデーションカラーの和紙、落水紙、かな用・漢字用で分かれた多数の半紙…。見ているだけでわくわくする多彩な和紙が揃います。
最後に、特に人気のお土産にぴったりなアイテムを紹介していきます。
和紙のグリーティングカード
美しい美濃和紙を使った商品も多数
絡み合った繊維がモチーフを作り出す、和紙のグリーティングカードです。コウゾ100%の美濃和紙で作られた金魚やフクロウは、ガラスに当てて水を吹きかけると、ぴったりとくっつく不思議な仕組み。ウィンドウデコレーションとして、誰かに贈ってみてはいかがでしょうか。
友禅紙が華やかな筆ペン
筆先が乱れず、誰でも気軽に毛筆で文字を書ける
インクが滲む和紙は、筆ペンとの相性抜群。和紙のグリーティングカードや便箋とともに購入してみてはいかがでしょうか。しなやかな筆先が軽い書き心地を実現した筆ペンには、筆管部分に色鮮やかな友禅紙を貼り、和柄使用に。使うたびに気分も高揚する、華やかな筆ペンです。
和心を日常に!掛け軸
日本文化を自宅のインテリアに取り入れたいという人におすすめしたいのが、掛け軸です。シンプルな柄を携えた掛け軸なら、インテリアに馴染みながら、部屋全体の風格をアップさせてくれるはず。贈り物としても人気のアイテムです。
デザインはさまざま。お気に入りを探してみて
日本独自の発展を遂げた「和紙」を使ってみて
大陸から飛鳥時代に日本に渡り、日本人の生活に馴染むよう技術を変え誕生した「和紙」。キレイな水が豊富にある日本だからこそ、しなやかで美しい和紙が生まれていったのでしょう。
障子や襖といった建具や、書物などが積極的に作られなくなった現代。だからこそ、懐紙をこっそりカバンに忍ばせたり、和紙のポチ袋で誰かに贈り物をしたりと、和紙アイテムを日常生活に取り入れることで、きっと気分が盛り上がるはず。
お気に入りの和紙グッズを探しに、和紙の魅力をその目で、その手で味わいに、小津和紙に足を運んでみてはいかがでしょうか。