日本の時代劇などで、侍が刀を使い戦いあう姿を目にしたことはありませんか?
それらは実際に斬り合いをしているわけではなく演技。あの敵と戦う華麗な演技は「殺陣(たて)」と呼ばれます。刀を振り敵を倒す、あの華麗な姿に憧れたことのある人も多いのでは?
そんな「殺陣」を、着物を着て、模造刀を使いながら体験できるスポットが東京都内にあると知り、足を運んできました!
この記事ではそのレポートをお届けします。
ただ型を覚えて刀を振るうだけではなく、「日本人の心」が秘められた奥深い殺陣の世界。いざ参りましょう。
※本記事に掲載の情報は2019年12月当時のものです
映画や演劇で行われる「殺陣」とは?
時代劇に欠かせない、斬り合いのシーン。主役の侍が刀を振り、浪人(主人を持たない武士のこと)たちを次々に斬っていくその様は、勇しく、凛々しく、とってもかっこいい姿ですよね。そんなかっこいい戦闘シーンで見せる動きは「殺陣(たて)」と呼ばれ、テレビドラマや日本映画の戦闘シーンのほか、舞台などの戦いの場面でも行われている立派な日本文化のひとつなのです。
着物を着て刀を持ち立ち回りをする「殺陣」
「殺陣」とは、辞書を引くと「演劇・映画などで、乱闘・斬り合いなどの演技」と出てきます。決まった「型」や動きがあり、何人もの人がその動きを体に覚えさせ、その通りに動くことで「立ち回り」という戦闘場面を作り出すのです。実際の戦いとは違う演技でありながら、本当に斬り合いをしているように見せる、いわば〝魅せるための武術〟のようなもの。
「美しい・かっこいい」動きで見ている人を惹きつけながら、本当に戦っているようなリアリティさも持つという、高度な技なのです。
歌舞伎の立ち回りから発展した「殺陣」
殺陣と切っても切れない縁を持っているのが、日本を代表する古典芸能「歌舞伎」。実は殺陣は、そもそも歌舞伎の立ち回りから発展したもの。日本舞踊の動きを取り入れた様式的な歌舞伎の立ち回りが発展し、現在の「殺陣」となりました。
歌舞伎も殺陣も、「見せるため」の演技という性質は同じ。歌舞伎ならではの大きくてなめらかな動きの型をベースに、侍たちの魂を宿した殺陣は、まさに日本を代表する文化のひとつです。
東京都内の殺陣教室で殺陣を学ぶ
本物の武術とは異なり、刀を相手には当てずに、見せることに特化した美しい演技「殺陣」。実際に殺陣を体験できる教室が東京都内にあると聞き、筆者が受講してきました。
殺陣教室「サムライブ」代表の五代新一さん
訪れたのは「殺陣教室サムライブ」。この日のインストラクターは代表の五代新一さんです。五代さんはチャンバラパフォーマンスをする「SAMURAI PERFORMERS syn」のパフォーマーでもあり、指導者としてテレビや舞台、映画の出演者の振り付けなども行っているプロの殺陣師です。そんな五代さんから直接殺陣をレッスンしてもらえるとあって、侍に憧れる筆者の胸が高鳴ります。
殺陣教室に入り、名前を告げ、まずは10種類ほどある着物のなかから一着を選んで着替えます。品のあるベージュの着物に決めました。
好きな着物を選ぶ
着付けはサムライブの講師が行ってくれるので安心。襟が崩れないよう、腰紐をしっかりと結びます。
着付けの様子
ほんの3分ほどで着付けは完了しますが、着物に袖を通すと、やはり気持ちが引き締まります。渡された模造刀を腰に差したら、殺陣体験準備完了。
思ったよりも重さのある模造刀。帯の内側に差す
殺陣の基本に〝義の心〟あり
最初からバンバン刀の振り方を覚えていくのかと思いきや、まずは正座。こぶしをももの上に起き、腰に差した刀は鞘ごと抜き、自分の右側に寝かせて置きます。
さっそくここに侍の心が。「自分の右側に、刃を自分の方へと向けて置くことで、刀はすぐに抜けなくなります。つまり、相手に対して刀を抜く意思がないこと、敵意がないことを表しています」と五代さん。
なるほど、確かに、本来腰に差している左側と反対の右側に刀を置くと、スムーズに刀を抜くことができません。こんな些細なところで、義の心を垣間見ることができます。
黙想で精神を統一
次は正座をしたまま目を瞑って黙想。あたりがシンと静まりかえる中、五代さんはじめ、参加者全員が自分の心と向き合います。俗世から離れ、これからは殺陣に集中する時間へ。この黙想が、気持ちを切り替えてくれるスイッチのような役割を果たしているようです。
抜刀
さて、黙想を終え、いよいよ稽古開始! 抜刀のやり方を学んでいきます。
腰に差した刀は、抜いたと同時にそのまま相手を斬れるよう、刃を上向きにして鞘に納めます。左手を鞘に添え、鍔(つば ※刃と柄の間の鉄板部分)を親指で押し、刀を横に倒し(刃部分が外に向くように)、右手で柄を持ち一気に抜きます。
刀は思った以上に長く、腕をめいっぱい伸ばして勢いをつけないと抜けないほど。勢いがありすぎると、刀が重たくて体がふらついてしまいます。本物の刀はもっと重たいのに模造刀によろめいてしまうとは、自分の体幹のなさを実感します。
納刀
次は、抜いた刀を鞘に納める「納刀」に挑戦。
刀の峰部分を持ち、スライドさせて納刀する
左手で鞘を持ちつつ、指は刀の峰(刃とは反対の背の部分)に添え、なでるように刀をスライドさせながら納刀していきます。
これがとっても難しい! 刃の先を見ながらであればどうにか納められるものの、それでは侍としてかっこよく決まらない……。刀を見ずに納めようとすると、刀の長さは把握できず、刃がどこを指しているかも分からず、さらには刀をどっち向きに収納すればいいのかも分からなくなるほど。思うような動きができません。
刀をしまう鯉口(鞘の口)の場所が分からない
たまらず五代さんに声をかけると、「納刀は最初は誰でも苦戦するものですから大丈夫ですよ」との返事。五代さんもかつては何度も練習したことを教えてくれました。生まれて初めて刀に触れた筆者が、5分ほどで美しく納刀できるはずがなさそうです。
10の型の一連の動きに挑戦!
納刀でかなり苦戦してしまいましたが、体験時間中ずっと納刀を練習するわけにはいきません。立ち回りまで覚えて帰るのが今日の目標。
次は、基本の斬り方である「真っ向斬り」「袈裟斬り」「胴斬り」の3つを教えてもらいます。
①【真っ向斬り】(まっこうぎり):敵の頭上からまっすぐ下に斬る
②【袈裟斬り】(けさぎり):斜めに斬り降ろす
③【胴斬り】:腹をまっすぐ横に斬る
斬るときのポイントは、「腰を曲げすぎないこと」と「後ろのかかともしっかり床につくこと」。腰を曲げると凛々しさがなくなり、後ろのかかとが浮いてしまうと「どっしり感」がなくなってしまうだけでなく、刀を下ろした時に体に力が入らず、ふらついてしまいます。
刀を振り下ろした時、ついつい浮いてしまうかかとを床に
斬る動きも剣術とは異なり、殺陣では「大きく分かりやすく」が基本。見ている観客にどんな動きをしているかが分かるようにするためだそうです。
声を出して刀を振ると、なんだか自分がとっても強くなった気に。ただ刀を振るだけでなく、体の細部にまで意識を向けることで、本格的な殺陣体験に挑戦しているんだという実感が湧いてきました。
袈裟斬りの様子
そして、いよいよ型の動きを覚えていきます。
挑戦する10の型は、以下の通り。それぞれの型がどういうものなのか、簡単に紹介していきます。
礼
型は礼に始まり、礼で終わる。これも侍の礼儀
1:鯉口を切る
刀を抜く準備。左手を鞘に添え、鍔を親指で押し、刀を横に倒します。
2:抜刀
すばやく刀を抜く
3:正眼の構え
殺陣の基本姿勢ともいえる構え。重心をやや前にし、いつでも斬りかかれる体勢に
4:上段の構え
刀を振り下ろす1歩手前の構え。背筋をしっかり伸ばし、相手を見据える
5:真っ向斬り
大きな「ハッ」という掛け声と共に、まっすぐ刀を振り下ろす。このとき背筋が曲がらないように注意
6:八相
基本の構えのひとつ。刀を上げ、右側に構える
7:正眼の構え
静かに正眼の構えに
8:脇構え
相手に刀の位置を知られないよう、腰後ろに刃を隠す
9:正眼の構え
もう一度正眼の構え
10:納刀→礼
刀を鞘に納め、型を締めくくる最後の礼をして終える
ひとつひとつの型のポーズは難しくないものの、10つの動きをスムーズに連続して行うとなると話は別。背筋を伸ばすことやかかとをつけることに意識を向けると、どっちの足を前に出すのか分からなくなったり、型を飛ばしてしまったり。動きを体に染み込ませて、スムーズにかつ美しく、凛々しく見せなければいけません。
表情も作って侍になりきる
ちなみに、殺陣の立ち回りや動きは、これらの動きの基本となる「型」を組み合わせて作られています。型自体が何通りもあるため、組み合わせて作る立ち回りの動作の数は無限。
五代さんは映画や舞台などの振り付けの際、シーンにあわせて主役のキャラクターや、チャンバラの演技時間、どのくらいの盛り上がりが欲しいかなどさまざまな要素を考慮して、最適な型を組み合わせて立ち回りを演出しているのです。実際に挑戦してみると、その凄さが身に染みて分かります。
侍になりきれ! 最後は敵と戦う殺陣立ち回りを熱演
殺陣体験もいよいよ大詰め。最後は、実際に侍になりきって敵を倒す立ち回りに挑戦します。
背後から迫る敵に素早く反応する
歩いていたら突然後ろから2人の浪士に襲われるという今回の設定。華麗に敵からの攻撃を避け、手が塞がれば相手を睨み付けて威嚇し、2人を瞬く間に斬り、最後は鞘に刀を納める合図で敵がばたりと倒れる……。まさしく世に名を馳せるかっこいい女侍。素敵です。
敵を胴斬りで斬っていく。爽快感たっぷり!
イメージはばっちりなのに、実際に体験してみると、次の動きを忘れてしまったり、うっかり刀の向きを間違えてしまったりとミス連発。参加者各自3回ほどしっかり練習をして、準備ができたら本番です。
片側で敵の攻撃を抑えながら、反対側の敵に睨みを効かせる
斬られる役の講師のおふたりが大声を上げて倒れてくれるため、気分は爽快、本当に侍になれた気がします!
腰は曲げずに常に凛々しく敵に立ち向かう
一緒に参加していたオーストラリアから日本へ観光に訪れたという親子も、大満足の様子でした。大柄のお父さんは、刀を振り回す姿にキレがありとってもかっこよかったです。写真撮影や動画撮影も自由なため、最後の立ち回りは親子それぞれで動画を撮りあって楽しんでいました。
殺陣体験の最後はみんなで記念撮影
立ち回りで侍気分をたっぷり味わったら、最後は正座をして、黙想。精神統一をしてからゆっくり目を開け、これにて殺陣体験終了です。
最後に一礼をして殺陣体験終了
殺陣の奥深さとは? 代表・五代さんにインタビュー
あっという間に終わってしまった70分の殺陣体験。難しすぎず簡単すぎず、それでいて随所に散りばめられた日本の心も知り、殺陣の本質を知ることができたような、とっても有意義な体験でした。この殺陣体験の内容は、もちろん代表の五代さんが考案したもの。
こんな充実した体験教室を開いているのには、どんな思いや理由があるのでしょうか。最後は、五代さんの思う殺陣の奥深さについて、話を伺いました。
ーーそもそも五代さんは、どうして殺陣師になろうと思ったんですか?
自分が役者として成長していくうえで、スキルのひとつとして殺陣ができるようになればいいなと思っていたんです。そんなときに、すごくかっこいい殺陣を見る機会があって。その姿に惚れ込んで、「自分もかっこいい殺陣ができるようになりたい!」と思ったのがきっかけですね。
ーー体験してみて、型の前後で礼をしたり、黙想をしたり、「心」の部分にも重きを置いているんだなと感じました
そうなんです。殺陣って結構見た目のかっこよさが重視されがちですが、その美しさも「心」「技」「体」すべてが揃ってこそ滲み出てくるものなのかなと考えています。心が落ち着いていたり、ポジティブな気持ちであったり、日常から離れて殺陣に集中していたり……そういう心持ちみたいなところが、そのままオーラというか、姿勢や所作に現れてくるのかなと。
「体験を通して殺陣の楽しさをまずは知ってほしい」と五代さん
ーーそういった「心」の部分に重点を起きつつも、体験はすごく楽しい! と思えました
ありがとうございます。体験にきていただいた人には、何よりも「殺陣の楽しさ」を知って欲しいなと思っています。そのうえで、やっぱり心を整えることや礼儀を大切にする所作は、日本の心として殺陣をやる上で外せないなとも考えています。
日本の心を知ってもらいつつ、殺陣を使った時代劇とか、そういう日本の文化にも興味を持っていただくきっかけになれば嬉しいですね。殺陣を体験してから時代劇のチャンバラを見ると、刀の納め方とかいろいろな動きとか、見るポイントとかも変わってくると思います。
サムライブの体験教室は1回の体験で基本から立ち回りまでしっかり教えてもらえるとあって、外国からの旅行者の参加がほとんどのよう。ですが、本格的な殺陣体験に気軽に挑戦できるということもあり、ぜひ日本人にも挑戦してもらいたい体験だと実感しました。
本格殺陣体験で知った「殺陣の楽しさ」
初めて殺陣体験に挑戦し、刀を振り回してそれっぽくなって終わり…かと思いきや、しっかり着物を着て、ずしりと重い模造刀を腰に差し、殺陣を行う上での基本の姿勢から型まで教えてもらい、殺陣の奥深い魅力にほんの少し触れることができました。
カッコよく美しい殺陣を習得するために必要な「心」「技」「体」の、「心」と「技」を学べた気がします。70分を通して、楽しさの中に、遊びとしてではない、本当に「魅せる」ための殺陣と真摯に向き合う大切さを知りました。
ただの観光では知ることのできない「日本文化の魅力」を体験しに、みなさんもぜひ「殺陣教室 サムライブ」で殺陣体験に挑戦してみてはいかがでしょうか。