人吉に伝わる伝統玩具「きじ馬」とは
「きじ馬」の名前や色彩に隠された意味とは?
人吉で「きじ馬」に出会える場所
「きじ馬」作りにかける職人のこだわり
「きじ馬」の絵付けにチャレンジ
まとめ

素朴な形に色鮮やかな模様。足元には木の車輪が付いていて、コロコロと転がして遊ぶこともできる…そんな郷土玩具「きじ馬」をご存知ですか?きじ馬は「東北のこけし、九州のきじ馬」と言われるほど人々に愛され、海外からも高い評価を受けています。

一方できじ馬が九州のごく一部の地域だけで作られていることや、きじ馬の由来、歴史などについては意外と知られていません。今回はきじ馬が伝わる土地のひとつ「熊本県人吉市」を訪れて、きじ馬の魅力をじっくり体験してきました。

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人吉に伝わる伝統玩具「きじ馬」とは

きじ馬というのは、細長い胴体に車輪の付いた木彫りの玩具です。一般には「九州のお土産」としても知られているため、九州旅行の際にお土産屋の店先で、あるいは九州の物産展などで見かけたことがある人も多いでしょう。

しかし一口に「きじ馬」と言っても、制作されている地域によって形や色合いが大きく異なります。たとえば福岡県にある清水寺の参詣土産として作られているきじ馬は胴体の下に車輪が4つある「4輪タイプ」。背中には鞍のような突起もあり、2〜3色でシンプルな彩色が施されています。

大分県の日田玖珠地方に伝わるきじ馬は「2輪タイプ」。頭の部分が鳥のクチバシか馬の顔のような形に折れ、背中に鞍のような突起があります。なにより特徴的なのは無彩色であること。木の質感がそのまま生かされている、もっとも素朴なきじ馬です。

熊本県の人吉球磨地方で作られているきじ馬も「2輪タイプ」です。突起のないストレートな胴体はとてもシンプルですが、鮮やかな5色で幾何学模様や花の模様が描かれています。このため存在感は圧倒的で、きじ馬と聞くと多くの人が人吉のきじ馬を思い浮かべるようです。

きじ馬イメージ

鮮やかな彩色が目を引く人吉のきじ馬

きじ馬はもともと、子どもの健やかな成長を願う縁起物として親しまれてきました。かつて、人吉球磨地方では端午の節句(5月5日)になると露店にきじ馬が並び、男の子を持つ親たちが毎年買って帰ったといいます。

ちなみに本来のきじ馬は、男の子が乗って遊べるほどのビッグサイズ。現在のペダルカーや子ども用自転車のような感覚だったのかもしれません。もちろんお土産屋に並ぶきじ馬は手のひらサイズが一般的で、なかには小指ほどの大きさのキーホルダータイプもあります。

大きなサイズのきじ馬

背中に乗って遊べるきじ馬

平家の落人伝説が残る人吉球磨地方

人吉のきじ馬には、少し悲しい物語が伝わっています。

そもそも人吉は四方を山で囲まれた盆地で、鎌倉時代から「隠れ里」のような場所でした。そこにやってきたのが「平家の落人」たちです。およそ800年以上前、源氏の追手から逃れてきた平家の落人たちは、人吉の中でも特に奥地の木地屋や大塚などの地区に隠れ住みました。

そんな彼らが、かつて住んでいた華やかな都を思い浮かべ、さびしさを紛らわすために作り始めたのがきじ馬だったそう。静かな山間の里で生まれたとは思えない鮮やかな色彩や模様も、そのような背景を知ると納得できます。

人吉市の景色

険しい山と急流に囲まれた人吉市の「かくれ里」

「きじ馬」の名前や色彩に隠された意味とは?

きじ馬にはさまざまな「謎」があります。そもそも「きじ馬」という名前からして、地名(木地屋)に由来するとか、野鳥のキジの姿を真似たとか、木材(木地)で作られた馬だからなど諸説あるのです。

馬のようなサイズのきじ馬

馬のようなサイズ感の巨大きじ馬

鮮やかな色彩や模様は、平家の落人たちが暮らしていた都の文化にちなんだものと考えられています。

ちなみに人吉市内には「青井阿蘇神社」という歴史の古い神社があり、そこで50年に一度「大寶御注連祭(たいほうおんしめさい)」という神事が行われます。そこで使われる道具のひとつに森羅万象をあらわす「青(緑)・黄・赤・白・黒の五色の御幣」があるのですが、色の組み合わせがきじ馬と同じなのはただの偶然ではないかもしれませんね。

鮮やかなきじ馬が並ぶ

素朴な形に鮮やかな色合いが映える

別の謎は、きじ馬の額に描かれた「大一」の文字です。一般には、この文字は平家の落人が隠れ住んだ大塚地区の「大」だとか、落人たちが京都の「大文字焼き」を思って書いたなどとされています。

しかし最近では、伊勢神宮との関連を指摘する声もあるそうです。20年に一度の式年遷宮で行われる「御木曵(おきひき)」で、造営に使う木材を運ぶ車がきじ馬の形によく似ているのだとか。木材を載せた車の車輪や看板に「太一(大一)」の文字が書かれているものも。

残念ながらいずれの真相も謎のままですが、いろいろ想像してみるだけでワクワクします。

御木曳

伊勢神宮の「御木曳」にゆかりがあるという説も

人吉で「きじ馬」に出会える場所

きじ馬が描かれた箱

きじ馬に会いに人吉へ

きじ馬は人吉のシンボルです。街中のお土産屋や道の駅はもちろん、街中の看板、地面のタイル、神社のパンフレット入れなど、さまざまな場所できじ馬の姿をみかけます。なかでも普段は見られない「制作中のきじ馬」に会えるのがきじ馬の制作工房です。

「きじ馬」の製作工房は市内に2カ所のみ

人吉で800年以上も受け継がれてきたきじ馬の制作工房も、現在では「住岡郷土玩具製作所」と「宮原工芸」の2カ所を残すのみ。一見シンプルに見えるきじ馬も、職人が言うには「満足できる形を削り出すには長年の勘が必要」とのこと。大切な伝統を受け継いでいく後継者を育てるためには、やはり長い時間が必要のようです。

制作中のきじ馬の完成したきじ馬

シンプルな形だからこそ「職人の勘」が必要

絵付けを気軽に体験できる「人吉クラフトパーク石野公園」

少しでも多くの人にきじ馬を知ってもらうため、工房の方や行政による取り組みも行われています。そのひとつが道の駅「人吉クラフトパーク石野公園」内の「民工芸館」で行われる絵付け体験。事前予約が必要ですが、1名から体験を受け付けてくれます。

民工芸館

人吉クラフトパーク石野公園の「民工芸館」

「きじ馬」作りにかける職人のこだわり

今回の取材では特別にお願いして、絵付け体験の前に「きじ馬の制作工程」も見せていただきました。対応してくださったのは、住岡郷土玩具製作所の住岡忠嘉さん。

最初に見せていただいたのは、きじ馬の材料となる「桐」と、木を削る「ヨキ(小型の手斧)」。

桐とヨキ

桐と「ヨキ」

作業はノコギリで大まかな形に切り出した桐を、ヨキで削っていくという流れで行われます。天然の木が持つ「反り」や「ゆがみ」を生かすことがポイントで、ひとつとしてまったく同じ形のきじ馬はできないとのこと。

形を確認

素材となる木の大きさや形を見極める

桐の木の向きを決めたら、一気にヨキを振るっていきます。ただの丸棒だった桐の木が、みるみるうちにきじ馬の形になっていく様子は圧倒されます。

ヨキで桐をカットする

素早く正確に形を整えていく

あまりの鮮やかさに「もしかして簡単なのでは?」と錯覚しそうですが、決してそんなことはありません。実際、不慣れな人が見よう見まねでヨキを振るうと切り口がガタガタになってしまうとのこと。長年の勘が必要というのも頷けます。

初心者と職人の切り口の違い

初心者の切り口は左のようにガタガタになってしまう

「きじ馬」の絵付けにチャレンジ

制作工程を見た後は、いよいよ絵付け体験です。まずは絵付け用に白く下塗りしたきじ馬とお手本をよく見比べてイメージを膨らませます。作業中は要所要所で細かいアドバイスをもらえるので安心です。

きじ馬絵付け体験

手ほどきを受けながらきじ馬の色付けにチャレンジ!

最初に塗るのは黄色い部分から。たとえ下絵からはみ出しても、後から赤や黒で塗りつぶせるので気軽に塗っていきましょう。特に最初のうちは簡単なので、普段ほとんど絵筆を持つことがない人でも大丈夫。

きじ馬の顔の先を塗る

簡単なところから塗り始めよう

基本的には下絵通りに塗っていくだけですが、一部分に集中するより、全体のバランスを確認しながら塗っていった方が作業しやすいようです。

両側をチェックしながら塗る

両側をバランス良く見比べながら塗るのがコツ

黄色の次は赤色を。赤は色が濃く、修正が難しいので緊張します。ここでも一部分だけ塗るのではなく、下絵に沿って「長い線」を引くように塗っていくとスムーズです。

赤色を塗る

真っ直ぐ線を引くように塗っていく

筆を持つ手を時々止めて、完成品と比べてみることも大事です。プロの作品を参考にしながら、自分の納得のいく仕上がりを目指しましょう!

手本と比べる

お手本と見比べながら作業を進める

最大の難所は下絵のない「瞳」部分。お手本と自分の感覚だけを頼りに、キレイな丸を描いていきます。無事に目を入れたら、仕上げに「大一」を描きましょう。

目を描く

「まん丸の瞳を描く」のが最大の難関

絵付けが終わったら、先端の穴に紐を通します。ここまで来たら一安心。自分で絵付けをしたきじ馬は愛着もひとしおです。

紐を通して完成

先端の穴に紐を通したら完成

「きじ馬」に会いに行こう

熊本県人吉市のきじ馬は、ここだけで作られている伝統工芸品。天然の木を使い、すべての工程を手作業で行うきじ馬には、ひとつとして同じ形のものはありません。ぜひ人吉を訪れて、自分のお気に入りのきじ馬を見つけてみてください。もちろんその際は、「絵付け体験」も忘れずに挑戦してみてくださいね。