伝統工芸品の基本情報
笠間焼(茨城県)
烏山和紙(栃木県)
高崎だるま(群馬県)
小川和紙(埼玉県)
房州うちわ(千葉県)
江戸切子(東京都)
箱根寄木細工(神奈川県)
まとめ

日本には数多くの「伝統工芸品」があり、その数は1,000を超えています。中には国の認定を受けているものもあり、歴史的に貴重なものばかりです。日本のものづくりの原点ともいえる伝統工芸品。

今回は、贈り物やお土産にもぴったりな、関東地方に根付く伝統工芸品、笠間焼・烏山和紙・高崎だるま・房州うちわ・小川和紙・江戸切子・箱根寄木細工を紹介します。

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日本の伝統工芸品一覧&8つの地方別で徹底解説!【完全保存版】

東京都 < 浅草・スカイツリー

日本の伝統工芸品一覧&8つの地方別で徹底解説!【完全保存版】 日本で古くから受け継がれてきた技術を用いた「伝統工芸品」。日用品や着物など様々な種類が作られ、日本全国に存在しています。今回はそんな日本の伝統工芸品を地方や都道府県ごとに一覧でまとめてご紹介。それぞれの伝統工芸品の歴史や魅力を徹底解説します。

伝統工芸

伝統工芸品とは

長年継承されてきた技術を用いて作られたもので、主に日用品として使用されてきた伝統工芸品。中でも、100年以上の歴史を持つことや多くの工程を手作業で行うなど、国の指定する五つの要件を満たした工芸品は「伝統的工芸品」として認定を受けます。現在、日本にある伝統的工芸品の数は230品目を数えます。

茨城県の伝統工芸品 笠間焼


茨城県の伝統工芸品 笠間焼の器

茨城県笠間市に根付き、伝統的工芸品の認定を受けている「笠間焼」。同じく笠間市にある笠間稲荷神社の参拝みやげとして親しまれていました。

笠間焼が誕生したのは江戸時代中期。箱田村(現在の笠間市)の久野半右衛門が、信楽焼の職人・長右衛門の指導で焼き物を始めたのが始まりです。

その後も藩の奨励を受けながら繁栄し、明治時代には19の窯元が笠間にあり、陶器の産地として全国に知られていました。戦後、プラスチック製品の登場によって一時は衰退してしまう笠間焼。しかし、1950年に設立された茨城県窯業指導所にて、粘土の研究や陶工の養成などに力を入れ、再び笠間焼は活気付きます。

また、これまで厨房用の粗陶器を作っていましたが、戦後は工芸陶器に方針転換をしたことも、笠間焼が繁栄を取り戻した要因です。


笠間焼の製作工程

完成までに、主に11の工程がある笠間焼。最初は粘土の掘り出しから始まり、仕上げの滑らかにする工程まで、熟練の職人が丹精込めて作り上げます。

そんな笠間焼ですが、「特徴がないのが笠間焼の特徴」といわれるほど、自由な作風が特徴。伝統や格式などに縛られることなく、各陶芸家たちが個性を存分に表現しているのが笠間焼の魅力です。現在の笠間焼は、インテリア用品やオブジェなどに多く用いられています。

栃木県の伝統工芸品 烏山和紙

栃木県那須烏山市を中心に発達している「烏山和紙」。約1,200年の歴史を誇り、国の無形文化財にも指定されています。

中国で発明された紙が日本に伝わったのは610年頃。その後、木の皮を使う日本独自の「和紙」が誕生しました。烏山和紙がいつから始められたのかは定かではありませんが、奈良時代の書物に、紙の産地として下野(現在の栃木県)の名があったことから、少なくとも奈良時代には烏山和紙があったと考えられています。

鎌倉時代になると、天皇や武士の命令を伝える命令書に、烏山和紙が使われるようになり、「那須紙」として全国に知れ渡りました。

当時の那須紙には、程村紙、檀紙、十文字紙、西の内紙の4種類の和紙があり、中でも厚紙の程村紙は最も貴重な品といわれています。紙肌が緻密で不純物が入っていないことなどが特徴で、今でも烏山和紙を代表する和紙です。

烏山和紙の原料となるのは、那須烏山市付近に育つ那須楮(なすこうぞ)。この那須楮は、日本で最も良質なコウゾといわれており、烏山和紙が美しい理由の一つです。

コウゾを煮沸してゴミなどを取り除いた後は、「流し漉き」の作業。そして乾燥させて完成となります。烏山和紙で作られるものは、ハガキや便箋はもちろん、人形や照明器具、財布や小物入れなどもあり、様々な場面で使われています。

群馬県の伝統工芸品 高崎だるま


群馬県の伝統工芸品 高崎だるま

群馬県高崎市を中心に生産している「高崎だるま」。眉には鶴、鼻から口ひげには亀が描かれており、どちらも縁起のいい動物なので「縁起だるま」とも呼ばれています。

高崎だるまの製造が始まったのは、今から約200年前の江戸時代。豊岡村に住む山縣友五郎氏が作り始め、当時は豊岡だるまと呼ばれていました。しかし、だるまの特徴でもある赤色を塗るための材料がなかなか手に入らなかったため、だるまの生産量は山縣家の一家のみで行われていたそうです。

1859年に日本が開港すると、海外から赤色の原料を輸入できるようになり、徐々にだるまの作り手が増えていきます。現在では、日本で生産されるだるまの約80%は高崎市で製造されただるまです。


色塗り前

高崎だるまの製造工程は、生地作り、着色、顔描きの順番で行われます。生地作りでは、古くから受け継がれてきた手作業の「張り子」という手法がありますが、大量生産をする現在は、機械を使った「真空成型」という方法が用いられています。着色の作業も機械の導入で作業が簡略化されましたが、顔塗りの作業だけは、今でも手作業です。

形全体が、少し丸みを帯びている高崎だるま。顔に鶴と亀が描かれているほかに、お腹の部分に「福入」、両肩に「家内安全・商売繁盛」などの願い事が金文字で書かれています。

だるまといえば赤色ですが、近年ではご当地キャラとコラボしただるまや、カラフルなだるまも登場しており、小さいものもあるので縁起のいいお土産として持ち帰ることもできます。

埼玉県の伝統工芸品 小川和紙

埼玉県小川町はものづくりが盛んな場所で、職人の町ともいわれています。中でも「小川和紙」は歴史が長く、古くから小川町の生活に貢献してきました。


小川和紙の製造が始まったのは、今から約1,300年前。小川町は豊かな自然に囲まれており、和紙の原料となるコウゾの生育にも適していることが、和紙作りが盛んになるきっかけとなります。

江戸時代になると「細川紙」として全国に知れ渡る小川和紙。これまで、和紙は一部の富裕層のみが使う貴重な品でした。しかし、小川町が江戸から近い場所にあることで多くの職人が集まり、和紙の大量生産が可能となった結果、細川紙は庶民にも手の届く和紙として全国に知れ渡ったのです。

今でも、細川紙は小川和紙を代表する和紙で、2014年にユネスコの無形文化遺産に登録された「和紙 日本の手漉き和紙技術」の一銘柄として記載されました。

そんな細川紙作りは、機械化が進む現代でもほとんどが手作業。伝統の原料作りや紙すきの工程を職人たちが受け継ぎ、一つ一つ丹精込めながら作っています。細川紙を始めとする小川和紙は、ちり紙、名刺、ハガキ、便箋、壁紙、障子など、様々な用途で使われています。

千葉県の伝統工芸品 房州うちわ


千葉県の伝統工芸品 房州うちわ(写真提供:©南房総市)

千葉県南房総で100年以上受け継がれてきた、伝統的工芸品の「房州うちわ」。京都の京うちわ、香川の丸亀うちわと並んで日本三大うちわの一つです。

この房州の地でうちわの生産が行われるようになった背景には気候が関係しています。うちわの材料となるのは「女竹(めだけ)」。女竹は温暖な地域に分布する特徴を持ち、房州も温暖な気候を持つ地域でした。そのため、房州には女竹が豊富に自生しており、うちわ作りにピッタリの土地でした。

そんな房州うちわ作りが始まったのは明治時代。房州で竹問屋を営む岩城惣五郎が、東京から職人を招き入れ、うちわの製造を始めたのが起源だと考えられています。

また、1923年に発生した関東大震災の被害を受けた東京のうちわ問屋が、竹の産地でもある房州に移住し、それをきっかけに房州うちわの生産をさらに拡大させました。

房州うちわの特徴は、竹の丸みを生かした「丸柄」と、48〜64等分に割いた骨を糸で編んで作られる格子模様の「窓」です。21の工程すべてを手作業で行う房州うちわには、繊細さや美しさがありながら、丈夫さも感じられます。扇ぐ以外にも、インテリアや贈り物としても人気の工芸品です。

東京都の伝統工芸品 江戸切子


東京都の伝統工芸品 江戸切子のグラス

東京都で作られているガラス工芸品の「江戸切子」。切子とは、カットグラスを意味し、東京で切子加工をしたガラス製品を総称して江戸切子と呼んでいます。

江戸切子の始まりは、江戸時代後期の1834年。江戸大伝馬町でビードロ問屋を営んでいた加賀屋久兵衛が、イギリスのカットグラスを真似てガラスに切子細工を施したのが最初といわれています。

明治時代には、殖産興業政策の一環として硝子製造所を建設。また、イギリスのカットグラス技師・エマヌエル・ホープトマンが招待され、イギリスの技術が加わり、その技術の多くが現在まで受け継がれています。

江戸切子の製作工程は大きく四つに分けられ、ガラスの表面に模様の印を付ける「割り出し・墨付け」。金盤という、回転する鉄製の円盤で紋様の基本となる溝を削る「荒摺り(あらずり)」。細工を施した表面を、砥石を使って滑らかにする「石掛け」。最後が、磨き用の円盤に水と磨き粉をつけて、ガラスの表面に光沢を出す「磨き」の工程です。

特に難しいのが紋様を刻む作業で、熟練の職人でも1日に数個しか作れません。


江戸切子の模様

そんな江戸切子の特徴は、菊などの植物や格子など江戸の生活用具を表す紋様を組み合わせて作られる独特のデザイン。魚の卵が連なる様子に似ている「魚子(ななこ)紋」や、植物のデザイン「菊つなぎ紋」など、様々な伝統紋様があります。

神奈川県の伝統工芸品 箱根寄木細工


箱根寄木細工のお盆

神奈川県屈指の温泉街として知られる箱根。かつて東海道の宿場町として栄えたこの地では、様々な木材を寄せ集めて作る「寄木細工」という伝統的工芸品があります。

箱根で寄木細工が始まったのは江戸時代後期。もともと、箱根の周囲は木材の種類が多い地域として知られ、1200年以上にわたって木工が発展していた場所でした。そして、箱根町畑宿に住む石川仁兵衛氏が、先に寄木細工が行われていた静岡より技術を持ち帰り、箱根寄木細工が誕生します。

1853年ペリー来航によって下田が開港すると、箱根寄木細工はお土産の定番品として海外にも輸出するようになり、神奈川の発展に大きく貢献しました。その技術は現在も受け継がれており、箱根は日本で寄木細工が行われている唯一の場所でもあります。


幾何学模様

そんな箱根寄木細工の特徴は、箱根の木材の多種多様さを生かした独特の幾何学模様です。様々な木材を寄せたものを輪切りにして板状にして「種板」を作り、それをかんなで削ります。

その際に削ってでてくる薄い板を「ヅク」と呼び、ヅクを小箱などに貼れば完成です。

箱根寄木細工の製品は、急須やコップなどのキッチン雑貨から、ものさしやマウスパッドなどの生活雑貨まで、様々な面で使用されています。

伝統工芸品は体験でより深く学べる

日本の伝統文化を感じられる伝統工芸品は、お土産にももちろんオススメですが、実際に作り方などを体験するのもオススメです。貴重な思い出になるだけでなく、より日本の伝統文化を知ることができますよ。