日本食に欠かせない「佃煮(つくだに)」。日本人なら誰でも一度は口にしたことがあるのではないでしょうか?ご飯のおともにぴったりな佃煮は、昆布やあさりなどを醤油や砂糖で煮付け、味を染み込ませたもの。日本では古くから保存食として食べられてきました。
そんな佃煮ですが、発祥の地は、実は東京の佃島というところ。今回は、佃煮のルーツだけでなく、佃島で今なお伝統の味を受け継ぐ、3つの老舗のおすすめ佃煮を紹介していきます。
日本の味【佃煮】は東京都発祥だった!
日本食として親しまれている「佃煮」
日本人になじみ深い「佃煮」。小魚や昆布、のりなどを醤油と砂糖などでじっくり煮詰め作った佃煮は、白米のお供に最適なおかずとして長年愛されてきました。その歴史はなんと、400年以上。つまり、江戸時代に誕生し、日本人に親しまれてきた伝統ある食べ物なのです。
佃煮は東京都の「佃島」生まれ
普段何気なく食べている佃煮、その発祥の地をご存知ですか?
実は佃煮は、江戸の佃島(現在の東京都中央区)が発祥。
佃島に架かる佃小橋
江戸時代、佃島は隅田川により本州と分断された離れ島でした。今でこそ隅田川に橋が架かり、地下鉄が生まれ簡単に行き来ができるようになっていますが、当時は船で江戸から佃島へと渡るしか交通手段はありません。そんな佃島に住む人々の多くは漁師であり、東京湾で漁業を営んで生活をしていました。
ちなみに、東京湾の漁場は「江戸前」と呼ばれており、「江戸前の食べ物」とは、東京湾で獲れた魚介類を使った食べ物のことを指します。聞きなじみのある「江戸前寿司」も、この地でとれた魚介類を使用した寿司のことを言います。
隅田川の埋立地として造られた島のひとつが「佃島」
さて、江戸時代に佃島でその名を冠し誕生した佃煮ですが、実は江戸幕府初代将軍・徳川家康にゆかりのある食べ物。徳川家康のおかげで佃煮が普及したともされています。
そもそも「佃島」という名前は、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)からいただいたものなのです。佃煮が誕生するのは、1582年、本能寺の変がきっかけ。織田信長が明智光秀の起こしたクーデターにより倒されてしまったあの事件です。
当時、織田信長との会合を控え家康は大阪の堺に滞在していましたが、本能寺の変により織田信長が死んでしまい、家康も堺から脱出することに。ですが、明智軍から逃れながらの脱出は困難を極めます。そんな中、徳川の一行を手助けしたのが、摂津国佃村の漁師たちでした。
漁師たちは船を貸しただけでなく、小魚を保存が効くように塩辛く味つけた道中食も提供。彼らの協力により、家康は無事に三河(現在の愛知県)へと辿りつくことができたのです。
その後、家康は江戸に幕府を開くこととなりますが、当時の江戸には漁師が少なかったこともあり、江戸の漁業を盛んにするために家康は摂津国佃村の漁師を江戸に呼び寄せます。彼らの居住地としたのが、隅田川で隔てられた、現在の佃島の地。漁師たちの故郷・佃村の「佃」の文字をとり、家康はこの島を「佃島」と名付け、そこで作られる魚介類を使った保存食品を「佃煮」と呼ぶようになったのです。
家康公と佃島の関係は、佃島の「住吉神社」内の看板にも記されている
塩味の保存食から醤油味の佃煮へ
佃村からやってきた漁師たちは、佃島で魚を捕り幕府に献上することで、漁業権を得ていました。
しかし彼らが住む居住地・佃島は、隅田川に隔たれた離れ小島。シケの日は漁に出ることもままならず、もちろん船を出せないため江戸に食料を買いに行くこともできないため、自分たちでとった魚介類を使用して保存食を作ることに。当時は小魚などを塩辛く煮込んで保存していたようですが、その後醤油が佃島にも渡ってきたことで、醤油で煮込んだ佃煮が作られるようになったとされています。
佃煮と「しぐれ煮」「甘露煮」の違いは?
古くから親しまれてきた日本食である「佃煮」ですが、似たような味付けの食べ物として「しぐれ煮」「甘露煮」が挙げられます。いずれも酒のつまみや白米のお供として食べられていますが、それぞれの違いはあるのでしょうか?
関西発祥の「しぐれ煮」
佃煮が関東の佃島発祥とされているのに対し、しぐれ煮は関西生まれの保存食として知られています。どちらも保存が効くようにと作られているため、味つけは濃く、甘辛いのが特徴。佃煮との大きな違いとしては、発祥の地と、味付けに生姜をたっぷりと使うといった点でしょうか。
千切りのショウガを入れた「時雨蛤」
今でこそさまざまな食材を使って作られる佃煮ですが、元々は江戸前で獲れる魚介類を使うのが基本。佃煮ではアサリやアミといった魚介類を使うのが定番だったように、しぐれ煮は、初冬に旬を迎えるハマグリを使って作った「時雨蛤(しぐれハマグリ)」が定番でした。
しぐれ煮の生まれの地といわれている三重県桑名ではこの「時雨蛤」が名産とされており、ハマグリがよく獲れる地としても有名です。
体に良いとされている「甘露煮」
「佃煮」「しぐれ煮」と並び、甘辛く味付けをされた保存食のひとつ・甘露煮。「甘露」と名前がつくように、調味料に醤油・砂糖だけでなく水飴を入れて煮付け、照りがあり甘みが強いのが特徴です。
おせちなどにもよく入っているワカサギの甘露煮
名前の由来は諸説ありますが、中国古来の伝説である不老不死の霊薬「甘露」と、インドで同じく伝説として語られてきた長寿の霊薬「甘露」が融合して日本に伝えられたという説が有力。甘露煮は日本ではなく、中国・インドが起源ということですね。
見た目にはそんなに大差のないこの3つですが、食べてみると意外にもそれぞれ味の違いを感じられます。基本の佃煮、生姜を感じるしぐれ煮、甘くツヤツヤした甘露煮。好みを見つけてみてはいかがでしょうか。
発祥の地・佃島の老舗で佃煮を味わおう
佃島で老舗の味に出会う
江戸時代に漁師が移住し、佃煮を生み出した地・佃島。このエリアには今でもなお、歴史を守りながら佃煮作りを続ける老舗が残っています。
最後に紹介するのは、都営大江戸線月島駅から徒歩約8分ほどのエリアに立つ、佃島で昔ならではの佃煮に出会える3つの老舗。時代の移ろいとともに、味付けや使用する魚介類などを変えながら、地元の人々に愛される佃煮を作り続けている3店舗にお邪魔してきました。
つくだに 丸久
住吉神社から徒歩約1分に立つ「つくだに 丸久」
スタイリッシュな白い外観を持つこちらは、「つくだに 丸久」。モダンな印象を与える店舗は、耐震性を考え2009年に建て替えをしたもの。1859年(安政6年)創業、180年の歴史を持つ老舗です。この日は、昆布、シラス、ハゼなど12種類の佃煮が並んでいました。昼すぎにうかがったものの、すでに残りわずかの佃煮もちらほら見受けられます。地元民だけでなく、小学生が授業の一環として佃煮の歴史を学ぶために訪れることもあるのだそう。
同店は定番の佃煮を大切に作り続けているお店。季節に合わせて使う素材は変わるものの、アサリがもっとも人気が高く、冷蔵庫の常備がなくなると買いに来るという常連さんも多いようです。中にまでしっかりとタレの染み込んだアサリの佃煮は、ご飯と食べるのはもちろん、パスタに和えて大葉とノリをかけるだけでとっても美味です。
アサリの佃煮(100g 734円)
ほかにも、カツオ節、マツの実、ごまなどを混ぜ合わせた「香味楽」も人気。軽い食感で、「豆腐に醤油の代わりとしてかけて食べてもよく合いますよ」と店員さんに教えてもらいました。
15代店主の小林さんに話をうかがうと、昔の佃煮は今とは全然違う味付けだったと教えてくれました。
冷蔵庫もない江戸の時代に漁師たちの副食物として作られてきた佃煮は、とにかく塩っ気が強く、保存性を高めるために水分を飛ばして作る方法をとることから非常に硬かったのだそう。塩辛く硬い佃煮は冷蔵庫がなくとも半年持つほど、保存性に優れていました。当初は販売するために作られたのではなく、佃島の人々が食いつなぐための食材であったのですから、今のような「おいしさ」よりも「いかに長持ちするか」に重きを置いていたようです。
しかし、時代の変遷とともに江戸前での漁が難しくなり、漁師たちは漁業を手放すことに。そんな中、彼らを救ったのが、なじみ深い保存食「佃煮」を改良し、商品として販売することでした。もともとは住吉神社(同店から徒歩約1分)への参拝者に振舞っていたそうですが、その佃煮が人気を博し、商業として成り立っていくように。
こうして漁師たちが副食物として食べていた佃煮が、柔らかくおいしく、日本人好みの味わいに変わっていったのです。
丸久が手がける定番の佃煮たち
丸久の佃煮は今でも、夏季と冬季で若干タレの配合を変え、季節に合う味付けに仕上げているそうです。塩分が欲しくなる夏はからさを強くし、保存が効く冬はすこし柔らかな味付けに。夏と冬でほのかな味の違いを比べてみるのもいいかもしれません。
佃煮 天安本店
こちらは、1837年(天保8年)に創業した佃煮の老舗「佃煮 天安本店」。その名は、天保の「天」と初代・安吉の「安」を取って「天安」とつけられました。
木造の建物が風情を感じる「佃煮 天安本店」
創業から182年、変わらない味を守り続けている天安本店では、千葉県産の濃口醤油「澪つくし」をベースとした秘伝のタレを使用して、甘辛く濃厚な佃煮を生み出しています。小魚などの魚介類を使いながらも、冷蔵庫に入れておけば3週間は持つそう。佃煮の保存性の高さを感じられます。
ショーケース裏の畳でお母さんたちが佃煮を詰めていく
この日お店に並んでいた佃煮の数は19種類。
定番の「アミ」(非常に小さなエビのようなもの。江戸前でよく獲れ、佃煮の定番として知られている)をはじめ、昆布、アサリ、いかあられなどの基本の佃煮が顔を揃えるほか、ウナギや変わり種として登場した生姜、たらこなどの佃煮も購入できます。使う材料によって煮付ける時間を変えながら、材料それぞれの旨味を感じられる味付けが特徴。
右がたらこ(100g 1,230円)、左がショウガ(100g 550円)
たらこの佃煮は、たらこの粒一つ一つに佃煮の甘辛い味が染み込み、口の中でたらこの粒が弾けると同時に佃煮の香りが鼻に抜けていく逸品。アミやハゼなど定番の佃煮にくらべれば少々お値段は張るものの、ぜひ味わってほしい変わり種です。
佃源 田中屋
最後にお邪魔するのは、隅田川沿いに並ぶ「佃源 田中屋」。
修繕をしながらも当時の景観を残す「田中屋」
お店の前を通れば、屋外にまで佃煮のいい香りが漂ってきます。それもそのはず、同店は佃煮を作る製造所が隣接しているため、佃煮の香りが広がっているのです。歴史を感じられる一枚板のテーブルやベンチとともに、店内にはサイン色紙がいくつも飾られていました。老若男女問わず愛されてきた老舗であることがうかがえます。
田中屋の佃煮たち
同店内にも、長年の味を守り抜きながら作られた佃煮がショーケースに並びます。この日は16種類の佃煮が用意されていました。同店の佃煮は、万人の味に合うような味付けが特徴。甘すぎず、からすぎず、それでていて素材の風味を感じられる佃煮たちです。
慣れた手つきで袋に佃煮を詰めていく
こちらがアミの佃煮。田中屋ではオキアミではなく、より細かなアミを使って佃煮にしているそうで、白米のお供やおにぎりはもちろん、お茶漬けにして食べると、アミから甘辛い味わいが染み出して絶品なんだとか。
アナゴの佃煮(100g 1,000円)
また、旬を迎えたアナゴを使った季節限定の佃煮も人気のひとつ。アナゴをそのまま煮付けるのではなく、一度焼いてから煮ることで、柔らかく香ばしい佃煮に。噛むごとにアナゴの甘みが溶け出し、お酒のおつまみとしてもよく合います。
東京都生まれの佃煮で日本食をもっと楽しもう
郷土料理や名産品がいまいち目立たないと思われがちな東京都ですが、江戸で生まれた食文化は意外にも現代まで受け継がれ、日常的な日本食として親しまれています。
江戸の佃島で誕生した佃煮は、漁師たちの副食物として、保存性の高い食材として大切にされてきました。佃島に今なお残る3つの老舗に足を運んで、その歴史、伝統を感じる深い味を堪能してみてはいかがでしょうか。いずれのお店も地方発送可能なため、贈り物やお土産としても喜ばれること間違いありません。
※記事内の価格はすべて取材時(2019年8月)のものです