日本全国各地で、毎年1月1日〜7日まで行われる「七福神巡り」。都内にも日本橋、浅草、新宿、羽田、板橋…などなど、多くのエリアに各七福神を祀る神社やお寺があります。
今回は、そんな数ある七福神の中から、「江戸最古の七福神」とされている「谷中七福神」についてご紹介。実際に新年に開催されている七福神巡りに参加し、おめでたい福絵が描かれた御朱印をいただいてきました!
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江戸最古の七福神!「谷中七福神巡り」に挑戦
日本には江戸時代から、正月に行う風習のひとつとして「七福神巡り」というものがあります。七福神巡りとは、日本に伝わる7人の神様、いわゆる「七福神(大黒天、福禄寿、弁財天、毘沙門天、恵比寿、寿老人、布袋尊)」それぞれを祀る神社やお寺を巡りお参りすることで、その年一年のしあわせを願うというもの。
宝船に乗った七福神
神様それぞれに得意としているご利益があり、すべてお参りすることで不老長寿や商売繁盛、家内安全などのご利益を受けられるとされています。
全国各地に七福神を祀る神社・お寺は存在していますが、とりわけ東京都内は、区やエリアごとに古くから崇敬されてきた七福神がたくさん。日本橋七福神、浅草七福神、神楽坂七福神、柴又七福神…都内各所で、毎年1月1日〜7日までの7日間、七福神巡りが行われます。
谷中七福神一覧
そんな中、今回足を運ぶのは、「日本最古の七福神」とされ江戸時代からその伝統が受け継がれてきた「谷中七福神」巡り。
北区田端駅から荒川区西日暮里・日暮里駅をはさんで、台東区上野駅までの5駅間に、7人の神様をそれぞれ祀る神社・寺院が点在しています。一般的な七福神巡りよりも少し長い、1月1日〜10日までの10日間実施。この期間は普段は見られない神様たちがご開帳し、直接その姿を見ながらお参りができるのです(弁財天のみご開帳は9月)。
それでは、今年一年の福をいただきに、谷中七福神巡りをしていきましょう!
①福禄寿(東覚寺)
今回七福神巡りをしたのは、2020年1月10日。谷中七福神巡りの最終日です。もちろん七福神巡りは通年実施可能ですが、この年始の10日間しかご開帳・御朱印の授与を行っていないところも多いため、ご注意を。9:00〜17:00までの間、それぞれの寺院が開かれています。
JR田端駅北口
スタートは東覚寺のあるJR 田端駅から。北口には谷中七福神巡りの全ルートを示した地図が置かれており、その裏面には田端駅から東覚寺までの道のりが詳しく書かれています。
田端駅に置かれた谷中七福神巡りのマップ。青色は英語版
一部いただき、北口から歩き進めること約5分。東覚寺のルートを示す看板がありました。まずは1番目、福禄寿を祀る東覚寺に到着です。
曲がり角には東覚寺の看板が
明王殿前の赤紙仁王像
東覚寺は、真言宗豊山派の寺院。本尊は不動明王です。お寺の前には「明王殿」があり、その前に真っ赤な和紙で覆われた2体の像が。実はこれ、1641年に造立された「赤紙仁王尊」と呼ばれる金剛力士像なんです。姿は和紙で覆われてしまい見えませんが、向かって右側が阿像、左が吽像。
2体がなぜ赤紙で覆われているかというと、「自身の体の悪いところと同じところに赤紙を貼ると治る」という信仰に基づき、参拝者が赤紙を購入し金剛力士像に貼っているから。さらに、無事に治癒したら、草鞋(わらじ)を購入し奉納するという習わしがあるのです。仁王が祈願者のお見舞いに納めた草鞋を履き歩くとされています。
東覚寺本堂でお参り後、左手の授与所で御朱印をいただく
この日は谷中七福神巡り最終日の平日でしたが、境内には谷中七福神巡りの参拝者がちらほら。本尊にお参りをし、私も御朱印をいただきます。東覚寺に安置されている福禄寿とは、「人望」のご利益があるという神様。長い頭とヒゲが特徴的な老人の姿をしています。
②恵比寿(青雲寺)
東覚寺を後にし、次に目指すは青雲寺。西日暮里駅のすぐ近くに立つ寺院です。東覚寺からは徒歩約18分という長い道のりを歩いていきます。道中は下町の雰囲気が残る住宅街。進んでいくと大きな通りに直面し、反対側には西日暮里の商店街「よみせ通り」の入り口が見えます。
青雲寺までの道のり
「よみせ通り」に面した大通りに出たら、左に曲がりまっすぐ進んでいく
よみせ通りには入らず、西日暮里駅を目指して歩みを進めていくと…ありました、青雲寺の参道入り口です。
青雲寺は、商売繁盛の神様として知られる恵比寿を祀る臨済宗妙心寺派の寺院。江戸時代には花見スポットとして賑わっていたこともあり、「花見寺」とも呼ばれていました。
細道に入ると青雲寺参道の看板が見える
青雲寺本堂
この日は本堂に恵比寿神の姿が。お参りを済ませ、御朱印をいただきます。境内には、谷中七福神巡りの記念スタンプが置かれていました。ほかの七福神寺院にも、それぞれその寺院の記念スタンプが用意されています。
青雲寺に置かれていた記念スタンプ
こちらは無料で、自由に押印可能。同じスタンプは御朱印台紙に押してもらえますが、御朱印をいただかない場合には、記念にマップや自身の御朱印帳に押印してみてはいかがでしょうか。
③布袋尊(修性院)
青雲寺から徒歩約2分という近くに、次の目的地「修性院(しゅしょういん)」はあります。修性院の周りはピンクの塀で囲われ、そこには大きな袋を持つ神様の姿が。そう、ここは、大きなお腹と袋を持つ姿が特徴的な「布袋尊」が安置されています。
壁には四季折々の布袋さまの絵が書かれている
修性院は、実際に本堂の中に入って布袋尊を拝観できます。土足厳禁のため、指定の場所で靴を脱いで中へ。本堂内に、大きな布袋尊の姿がありました。
「写真ご自由に撮ってください」とご住職が案内してくれたため、せっかくなので撮影。笑顔でくつろぐ大きな木造の布袋さまの像からは、布袋さまの心の広さを表しているようでした。
くつろぐ布袋さまの像
修性院や青雲寺のあるこの一帯は、江戸時代、江戸近郊の行楽地として親しまれてきた場所でした。「ひぐらしの里」とも呼ばれ(現在の「日暮里」という地名の起源ともされている)、「日が暮れるまでいても飽きない場所」として行楽に訪れる人々で賑わっていたのです。こちらも青雲寺と同様、「花見寺」として親しまれていた寺院。かつては隣に「妙隆寺」という寺院があったのですが、明治時代に修性院に合併されています。
修性院本堂
④寿老人(長安寺)
続いては、日暮里駅の方まで歩みを進めていきます。目指すは長寿のご利益があるという「寿老人」を安置している長安寺。
途中、谷中の名所「谷中銀座商店街」の姿が見えます。今回は商店街には寄らず、「夕やけだんだん」と呼ばれる石段を上がって長安寺を目指していきます。谷根千観光を楽しみながら七福神巡りをしたいという人は、休憩がてら、谷中銀座商店街でグルメや買い物をするのもいいかもしれませんね。
途中で出会す谷中銀座商店街。休憩がてら寄るのもおすすめ
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住宅街のような細い道を歩いていった一角に、臨済宗妙心寺派の長安寺は立ちます。修性院から徒歩約13分。いくつかのお墓がある小さな境内を進んだ奥に、本堂への入り口が。こちらも靴を脱いで、本堂の中へ入って寿老人を拝観できます。
住宅街に佇む長安寺
長安寺本堂。本堂目の前にはお墓が並んでいる
御朱印をいただくと、一緒に寿老人が長安寺に安置されるまでの由来や伝説について書かれたリーフレットをいただくことができます。長安寺に安置されている像は徳川家康公が納めたとされるもの。等身大の寄木彫刻で作られています。
ほか、狩野派の絵師・狩野芳崖の墓も、長安寺の墓地に置かれています。
⑤毘沙門天(天王寺)
長安寺を出て、目の前に続く道を進んでいくと、日暮里駅のすぐ近くに位置する「谷中霊園」に入ります。しんと静まり返った静寂な道のりを歩くこと約6分、桜並木を進んだ先に次の目的地「天王寺」が立っています。
谷中霊園。春になると桜並木が広がる
厳かな雰囲気に包まれた天王寺。本堂は奈良県の「十輪院」を模倣した古風な姿で、落ち着きのある寺院建築と、門などに見られる近代的な建築が調和しています。
モダンな門が印象的な天王寺
現在、天王寺は天台宗の寺院ですが、もともとは「長燿山感應寺尊重院」という日蓮宗のお寺でした。江戸時代には「富くじ」興行がここで行われ(現代の宝くじのようなもの)、多くの人たちで賑わっていたそうです。その人気ぶりから、江戸では同じく富くじが行われていた「目黒不動滝泉寺」「湯島天満宮」と並び、「江戸三富」とも呼ばれていたほどだったのです。
本堂には阿弥陀如来坐像が安置されていますが、今回は谷中七福神巡り。お目当ての毘沙門天は、本堂の斜め向かいに立つ小さな御堂「毘沙門堂」に安置されています。
天王寺に佇む毘沙門堂
毘沙門堂の扉には、「御真言 オン ベイ シラマオヤ ソワカ」という張り紙が貼ってあります。これは、毘沙門天に捧げるサンスクリット語の御真言のこと。「オン ベイシラマンダヤ ソワカ」とする寺院もあります(訛りによって多少文言が異なる)。
真言とは「仏の真実の言葉」という意味で、唱えることでご利益を受けられるとされています。唱える回数は何度でもOKですが、3回、7回、21回などがベターなのだそう。唱える回数を指定している寺院も多くありますが、天王寺には回数の指示はありませんでした。
⑥大黒天(護国院)
ここまででかかった時間は1時間ほど。ここから残り2つの寺院へと向かいますが、各寺院へは徒歩で約20分ずつかかるため、途中で休憩を挟むのもおすすめです。
護国院本堂
まずは「大黒さま」と呼ばれ親しまれている大黒天を安置している「護国院」へ。天王寺からおよそ徒歩17分で到着しました。
歴史を感じる木造の本堂は、焼失を経て現在の姿に。東叡山寛永寺の子院として建立した1625年当時は、壮麗さを極めた姿だったそうです。
こちらも、靴を脱いで本堂の中へ。内部はかつての壮麗な姿を思わせるような広々とした造りになっています。谷中七福神巡りの時期には、この本堂で、徳川家3代将軍の家光公より寄贈されたという大黒天の画像を見ることができます。
⑦弁財天(不忍池弁天堂)
谷中七福神巡りもいよいよラスト。最後は、七福神唯一の女性の神様である「弁財天」を祀る「不忍池弁天堂」へと向かいます。護国院から徒歩約20分。上野動物園脇の道を進んでいくと、弁天堂が立つ上野公園内「不忍池(しのばずのいけ)」に到着です。上野動物園のエントランスがすぐ隣に見えます。
上野動物園エントランス
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不忍池には枯れたハスが広がっていますが、夏になると一面にピンクの愛らしい花が咲き、ハスの名所に。そしてその奥に、華やかな弁天堂が立っていました。天台宗東叡山寛永寺の御堂です。
上野公園内に立っていることもあり、これまで参拝してきたどの寺院よりも賑わっていました。
不忍池弁天堂
弁財天は音楽と芸能の神様として知られており、その手には琵琶を持っています。
しかし、弁天堂が御本尊とする弁財天は、8本の腕を持ち、それぞれの手に煩悩を破壊する道具(宝棒・宝刀・宝弓など)を持った「八臂辨財天(はっぴべんざいてん)」。谷中七福神のなかで唯一、1月1日〜10日の期間のご開帳はせず、9月の「巳成金(みなるかね)大祭」の時のみ、その姿を拝観できます。
弁財天にちなんだ、琵琶型の絵馬
お参りを済ませ、外のテントで御朱印を受けます。これですべての御朱印をいただき、谷中七福神巡りの終了です!
ここからは上野動物園で遊ぶもよし、上野公園でのんびりするのもよし。近くのカフェなどで一息つくのもおすすめです。
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上野駅不忍口がゴール
今回谷中七福神巡りで歩いた時間は、約2時間。5駅分、約6kmの道のりでした。寄り道などは一切しなかったためスムーズに回り切ることができましたが、道中にはそば屋や喫茶店などがちらほら点在しているため、途中で休憩を挟みながらのんびり巡るのもおすすめです。もちろん、2日以上の数日に分けて巡っても問題ありません。
ここ一帯は下町情緒が残る「谷根千」と呼ばれるエリア。道中には建造物の説明が書かれた看板なども点在しています。谷根千エリアの散策をかねてその歴史や文化を感じながら巡るのもいいかもしれませんね。
道中に点在していた名所の説明書き(こちらは「旧吉田屋酒店」のもの)
谷中七福神巡りで手に入れたい「福絵」とは
持参の御朱印帳に各寺院で御朱印をいただくこともできますが、谷中七福神巡りでは、特製の和紙の台紙を購入できます。料金は1枚1,200円(購入場所の御朱印押印済み)。A3サイズの和紙の中央には、歓談を楽しむ谷中七福神たちの様子が描かれ、その周りにそれぞれの神様の名前が書かれています。
谷中七福神が描かれた縁起の良い台紙。東覚寺で購入
神様の名前の上に、参拝した寺院の御朱印をいただく形となります(料金はいずれの寺院も200円)。ちなみに、自分の御朱印帳に御朱印をいただく場合は、各寺院500円が必要になります。
コンプリートした和紙は、自宅に飾るだけで幸せが舞い込んできそうなめでたいデザイン。スタート地点の東覚寺で購入するのがおすすめです。台紙は丸めて持ち歩くのがベター。筒状の入れ物を持っていくなど、折り曲がらない工夫をするのがいいでしょう。
福絵の描かれた台紙を購入すると同時に、大判の七福神巡りのマップもいただけます。田端駅でマップを取るのを忘れてしまった!という人でも安心ですね。
台紙と一緒にいただけるマップ
七福神ってどんな神様?
最後に、七福神とはどういう神様たちなのか。日本に古くから伝わるその神様たちについて紹介します。
「七福神」と聞くとイメージされるのが、七福神が大きな宝船に乗って航海しているような縁起のよい姿。この姿は、徳川家康公が狩野派の絵師・狩野探幽(かのう たんゆう)に描かせたものが始まりとされています。「人生の荒波に揉まれても、七福神を信仰し7つの徳を授かれば、悠々と船で海を渡っていける」…そんな意味が込められているといわれています。
大黒天
大黒天
打ち出の小槌と大きな袋を抱えた大黒天。米俵の上に乗っている姿で描かれることもあります。もともとは、ヒンドゥー教の破壊と創造を司るシヴァ神の化身「マハーカーラ」という神様が伝来したのが始まり。「富財」のほか、大地を司る神様として五穀豊穣のご利益もあるそう。
福禄寿
福禄寿
長い頭と長いヒゲを携えた福禄寿。日本における長寿の象徴でもあるツルやカメを従えた姿で描かれることも多く、健康長寿や子孫繁栄のほか、七福神巡りでは「人望」のご利益があるとされています。
もとは、中国で信仰されてきた「仙人」が始まりとされており、南極老人星の化身です。名前の意味は、道教における「三徳」がもと。子孫繁栄の「福」、財産の「禄」、長寿の「寿」を司ります。
弁財天
弁財天
七福神のなかで、唯一女性の神様。インド古代神話に伝わる水神で、ヒンドゥー教の「サラスヴァティ」という神様です。美しい顔立ちで琵琶を携えた姿で描かれます。
その姿の通り、音楽をはじめとした芸能分野で成功するご利益があるそう。さらに名誉や金運、財運、学問の分野にも強く、「愛敬」のご利益も期待できます。「才能を持つ」という意味を込め「弁才天」と書かれることも。
毘沙門天
毘沙門天
インドのヒンドゥー教「クーベラ神」という神様がもととなっている毘沙門天は、別名「多聞天」とも呼ばれます。元来は財宝の神様とされていたものの、日本には軍神として伝来しました。甲冑を身にまとい、矛と宝塔を携えた勇ましい姿で描かれます。「威光」という武運のご利益があることから、戦国武将たちにも信仰されてきたのだそう。
恵比寿
恵比寿
七福神のなかで、唯一日本生まれの神様。イザナギノミコトとイザナミノミコトの間に生まれた、ヒルコノミコトが恵比寿神だといわれています。右手に釣竿を持ち、左手には立派な鯛を抱える姿で知られていますね。
ほとんどの絵で、にこやかに笑う表情で描かれています。その姿から、漁業や農業をはじめとした「商いの神様」として有名。商売繁盛や大漁豊作といったご利益があるとされています。
寿老人
寿老人
福禄寿と同じく、南極星の化身。福禄寿と似たようなヒゲをはやしたおじいさんとして描かれます。シカをおともに、うちわと杖と桃を持ち、それぞれ長寿の象徴とされています。かつては福禄寿と同一とみなされ、七福神から外されたことも。現在は長寿と健康、幸福を司る神として信仰されています。
布袋尊
布袋尊
「布袋尊(ほていそん)」という不思議な名前のこちらの神様は、優しい笑顔と大きなお腹を持つ神様です。多くは大きな袋を担いだ姿で描かれます。「ほていさま」と呼ばれ親しまれていますね。
ルーツは諸説ありますが、中国の伝説上の人物「釈契此(しゃくかいし)」や、「弥勒菩薩」の化身ではないかといわれています。袋は宝物を入れるためのもので、信仰の厚い人々に配られていたそう。金運、幸福の神様です。
「江戸最古の七福神」谷中七福神巡りで一年の幸せを願おう!
今回挑戦した谷中七福神巡りでは、訪れたすべての寺院で、ご住職が柔和な笑顔で「ご苦労様です」「お気をつけて」と声をかけてくれるのが印象的でした。終始心が温まるような気分で楽しめた谷中七福神巡り。
みなさんもぜひ、江戸時代から現代まで毎年行われてきた「谷中七福神巡り」に参加し、この時しか手に入らない福絵と一緒に、一年のご利益を願ってみてはいかがでしょうか。